第13話 ワタシをどうしようっていうの?

自己嫌悪。


何だよ、好きになっても良いですか!って。


中学生かよって思う。


そもそもマトモな恋愛なんてしてこなかったから、恋愛偏差値が低いのは仕方がない。


それにもしても、それにしてもである。


道路の真ん中で、大声で叫ぶようなことではない。バカバカバカ馬鹿すぎる。


自分でもどうしてあんなことを言ってしまったのか、よくわかっていなかった。ただ、心の奥底から何かが溢れてきて、気づいたら叫んでしまっていた。


そのせいで翌日の日曜日は何もできず再び抜け殻のような状態。まだ夏は先なのに、セミの抜け殻になる、ワタシ。形だけの、がわだけの存在。


気づけば月曜日の朝。仕事へ行くのは億劫に感じたけれど、それでも無理に会社に行って仕事に忙殺されることで、彼のことを少しだけ頭の片隅に追いやることができて、ほんの少しだけ落ち着くことはできたように思う。


それでも、夜は、彼のこと、そして自分のしてしまった行動、いや告白について悶々と繰り返し考えてしまった。人生であれほど大胆なことをしたのは初めてだったし、自分にそんな勇気が、心の中にあれほどのエネルギーがあったことに驚きもした。怪獣の力は凄まじい。すべてを破壊する。


あれから一週間。


先週、彼から涙を拭くためにもらったハンカチを見ると、彼との楽しかったあの時間を思い出す。そして心の底から好きが溢れてきて、なぜあんなことを言ってしまったことへの自己嫌悪のループは止まない。


良い感じの雰囲気でお別れできていれば、それで良かったではないか。


ああ、心がグチャグチャだった。


走り去る時、彼が何か言ってたように思えたけれど、その答えをちゃんと聞くのが怖かった。


彼がワタシのことを好きになることはありえないだろう。だから、答えはわかっている。だから、彼の言葉を聞くのが怖い。彼の言葉を聞いてしまったら、本当にそこで終わってしまう。わからないけれど、そういう感覚があった。


今の曖昧なままでいれば、彼との楽しい思い出は残る。ワタシの叫びは黒歴史として残ってしまうけれど、彼の答えを聞いて、楽しかった思い出が悲しい思い出になるよりは、良いようにも思う。


ワタシにもこんな感情が残っていたんだと知ることができたことが、ワタシにとっては一番の大きかったし、良い経験だったと思えば、それはそれで良いのかもしれない。


そう、このまま、このまま、何もしないことが一番なんだ、きっと。綺麗な思い出のまま、楽しい思い出のまま、それを箱に閉まって、時々眺めて、自己嫌悪に落ちって、でもずっと大切に閉まっておけば、これ以上傷つくことはない。


そう頭ではわかってはいた。けれど、けど、だけど、彼に、彼に会いたいと思ってしまう自分もいた。


この一歩は、地獄への片道切符なのに、その先には道なんてないのに、ワタシはまたリプカフェに行こうとしている。


本当に好きという気持ちは厄介だ。まるで制御できない。まさに怪獣。その怪獣にワタシは蹂躙され、そして奈落へ落ちていく。前と一緒だ。


深淵を覗くと、そこにはワタシがいる。それはこれまでのワタシだ。


きっとまた、その暗闇にワタシは囚われ、そして飲み込まれていくのだろう。


そう感じる。


そんな不安と恐怖があるのに、怪獣はお構いなしだ。そう考えると、怪獣はヒーローでもあるのかもしれない。不安や恐怖を吹き飛ばす、絶対無敵のヒーロー。


しっかりとメイクをして、リプカフェに向かう。今日はフリルのついたトップスの黒いシャツにデニムのロングスカートを合わせたシンプルでキレイめだけどちょっとカジュアルな感じで決める!


なんだよ決める!って・・・。なんで、こんなにやる気満々なんだろう。。。


悔しいけど、本当に悔しいけど、彼に少しでもよく思ってもらいたいという下心がにじみ出てしまった。


期待なんてしてないけど、でも、だって、もしかするとだよ、もしかしてだよ、と、と、と、友達ぐらいにはなれるかもしれないし・・・。


あー、今、自分に嘘付いた・・・。ハードルを下げて自分を守ろうとしてました。あう。


でも、本当に、神がかり的な何かで、ワタシのことにちょっとだけ興味を持ってくれるかもしれないし、なんて甘い考えはある。


好きって、本当に恐ろしい。


彼に会えるかもしれないというだけで、無駄にポジティブに考えてしまう自分は、相当浮かれているなと思った。もちろん、不安や恐怖もあるのに、好きが心の中をパンパンに満たしていると、その不安や恐怖を感じなくなる。もはや麻薬と一緒。


家を出てリプカフェに向かう。リプカフェに近づく度に、心臓の高鳴りが大きくなっていく。


まず彼に会ったら、先日のことを謝ろうと思う。突然、告白めいたことを言ってしまったことを、ちゃんと謝ろうと思う。そしてハンカチを返す。


好きと言われて、嫌な気分の人はいないはずだ。きっと。


例えワタシのような人に言われたとしても、付き合ったりすることは無くても、すぐ嫌いとはならないと思う。


だから、許してもらえるんじゃないかなーって勝手に思ってる。


というのは、口実。理由付け。彼に会うための。


それはわかっているけれど、半分は本当にそう思っているし、彼に会えるだけで、今は心が満足できると、思い、たい。


そりゃあ、また一緒にお話する時間ができたら、最高だけれど、もしそんな時間が持てたら、幸せすぎてハッピーランドだけど、それはきっと高望みだ。


リプカフェで、一緒の空間で、小説を読み、遠くから眺めることができるだけでも、今は良しと思う。


そのためには、やっぱり先日の告白を、ちゃんと謝っておいたほうが良い。


気づけばリプカフェに着き、リプカフェの周囲を囲んでいる木々の間から、中を覗く。


そして、彼を見つける。悔しいけれど見とれてしまう。彼との楽しい時間を思い出し、幸せな気持ち、楽しかったときを思い出す。


ああ、やっぱり、もうワタシは、彼を好きになってしまった。


と、彼のところに1人の女性が近づいてきて、彼に話かける。年は20代半ばぐらいだろうか、スラっとして、透明感のある、美しい女性だった。ワタシなんかとは天と地、月とスッポン、そもそも生まれながらにして大きな違いがありすぎる。


彼は女性と、何か楽しそうに話をしている。女性が彼を軽く叩くようにボディタッチする。彼もまんざらでもなさそうだ。


そ、そ、そ、そうですよねー。


ワタシは愚か者でした。


浮かれすぎてました。


何が、もしかして〜だよ。そんなわけ無いんだ。


それが普通ですよ。はい。比べること自体、おこがましい。


諦め諦め。最初からわかっていたことでしょ。そうそう。


自分で、自分を慰める。


そもそもそんな期待なんてしてないし、それはちょっと嘘だけど、ちゃんとリスクヘッジしておいたから、全然、平気。


そう、全然、平気なんだ・・・。


平気なはずなのに、目に涙がにじみ始めていて、溢れそうになる。


どうしてだろう。


どうして、好きになっちゃったんだろう。


終わりにしよう。


そう、もうすべて終わりにしよう。


一言、彼に謝って終わりにしよう。それでもうこの恋は終わり。


そっか、恋してたんだんだな、ワタシ。


これ以上深入りしたら、もう戻れなくなってしまいそうだった。


だから良かったんだ。これで。


ワタシはリプカフェの中に入り、彼の元へスタスタと歩いていく。


ワタシに気づいてこちらを向く彼。


「この前は、変なことを言ってごめんなさい。」


ワタシはペコリと頭を下げハンカチをテーブルに置き、すぐに後ろを向いてリプカフェの入り口へ走り出した。


ラン理央ラン。


ここのところ、よく走る。こんなに走ったのは中学校以来のような気もする。


リプカフェの入り口のドアが開くのを待っているところで、手首を優しく掴まれた。振り向くとたぶん彼。


「話しませんか?」


涙で視界が歪んでいたけれど、声で彼だとわかった。


ワタシをどうしようっていうの?

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