第11話 少年とワタシ

レストランに入ると、窓際のテーブル席に案内された。木目調の落ち着いた色合いのテーブルと椅子。お店はそれほど広くなくて、カウンターが5席ぐらいに、テーブル席が2つ。レストランとは言っても堅苦しい雰囲気はなくて、地域密着タイプの温かいアットホームな感じだった。


席に座るとウエイターが注文を取りにくる。彼はメニューを見てサラッと何か頼んだようだった。


「どうしますか? もちろん、僕が奢りますので、好きなもの選んでください」


そう彼は言ったのだけれど、今の状況がよく飲み込めていなくて、なぜワタシは彼とご飯を食べることになったのか、うつむきがちのまま、どうして良いのかわからなくなっていた。


と、と、とりえあえず、何か頼まないといけないと思って、


「一緒のもので」


と言ってみる。


ウエイターはかしこまりましたと言い、注文を繰り返して席を後にした。その時に彼が頼んだのは、ミートソースパスタということが判明しました。


まずは、落ち着こう。そう、落ち着きを取り戻そう。


ワタシはおもむろに、おばあちゃんに教わったおまじないをはじめる。左手を出して、人という字を書いて、飲み込んだ。


・・・。


・・・。


・・・。


ドキドキが収まる気配がない。おばあちゃん、どういうこと?


「懐かしいですね。それ、未だにやっている人いるんですね」


は!


ワタシは混乱していて、今、目の前に彼がいることを失念して、また奇怪な行動をしてしまった・・・。は、恥ずかしすぎる・・・。


「昔、流行りましたよね。緊張をほぐす方法として」


「そ、そ、そうなんですね」


知らなかった。そうか、おばあちゃんからの一子相伝の教えではなったのか。


「で、その、本のことなんですけど」


そうだった。お腹が鳴ったせいで、いろいろと頭がパニクって、彼と一緒にいることで心臓がバクバクしてたけれど、そうなんだ、ワタシじゃなくて、本の話でした。そうだよー、ワタシがドキドキすることなんて無かったんですよね。あうー。


「と、その前に、自己紹介しておいた方が良いですよね。僕は寝蒼琉衣(しんそうるい)って言います」


ワタシも慌てて答える。


「あっ、彩川理央です」


「綺麗な名前ですね」


彼は微笑んで、そしてグラスの水を少し飲む。ワタシもつられてグラスを手に取り水を飲む。


「それで、単刀直入というか、ストレートに聞きたくて、あの本を、何でリプカフェのお気に入り棚に置いたのかが、どうしても気になってしまって・・・」


彼は真っ直ぐな目で、ワタシを見てくる。また心の奥でキュっと音がした気がした。ああ、そんな目で見ないで、いや、見てほしいけど・・・。


「その、正直言ってしまうと、賞を取った作品でも無いですし、有名な作家でも無いですし、なぜ、あの本なのかなというのを、聞いてみたかったんです」


ワタシは即答する。


「好きだからです!」


お気入り棚に置いてあるのだから、当たり前で、答えになっていないとは思ったけれど、


「どこが良かったのですか?」


と彼に促され、ワタシの中で、何かスイッチが入ってしまったようだ。急にワタシは堰を切ったようにように話はじめる。


本屋で見た時に吸い寄せられるように、気づいたら買っていたこと、

主人公の少年の境遇の悲しさ、

世界から拒絶され絶望した少年の気持ち、

絶望の中で光を探すも見つからない苦しさ、

暗闇の中で自分自身の心をを殺す少年、

そして、少年はすべてを嘘で固め、

世界の片隅で没していく憐憫さ。


ワタシは人生ではじめて、誰かに好きな小説について話した。今まで、ずっと溜まっていたものが、一気に吐き出されていく。すごく、すごーく気持ちがよかった。みんなに知ってもらいたかったから。


ワタシの饒舌さはとまらない。そしてワタシってこんなに喋るんだなあーって思った。勢いで小説の良さというか、内容まで話してしまっていたけれど、もうワタシを止めることはできなかった。


ワタシの人生に大きな影響を与えた本。ワタシが孤独で生きる意味を失っていた時に出会った本。とてもとても大切な本。


『この世界には僕の居場所が無い』には救いがない。Webでのレビューを見ると、そこが評価が上がらなかった理由のようだった。みんなハッピーエンドが好きなのだ。


でも、ワタシは、きっと、この主人公の少年に自分を重ね合わせていて、だから、今まで生きてこれたように思っている。世界の片隅だって、生きていくことができる。道の真ん中の王道を歩く人達には、目に入らない、道の隅っこで、朽ちていく生。


それでも少年は生きることを選び、そして途中で彼は諦めることはしなかった。嘘で塗り固められた自分、偽りの自分によって、社会の中でひっそりと生き続けることを選んだ。


居場所が無かったワタシと少年を重ねていた。親からも、友人からも拒絶され、独りだった自分は、もう生きる意味を感じていなかったし、生きていて良いのかもわからなかった。


少年は世界の片隅でひっそりと生きる決意をし、そしてささやかながら生きる意味を自分で見つけて、最後まで生きた。それは、ワタシにとって強さに見えた。


そういう生き方もあるのかもしれないと、とても強く、ワタシの心に響いた。ワタシもそう生きようと思った。


話しながらワタシは涙を流していた。


いつの間にか、ミートソースパスタはテーブルに置かれていた。


「ありがとう」


彼はそう言って、ハンカチを渡してくれた。


こんなにも感情を出したのは、いつ以来だろう。もしかしたら、はじめてかもしれない。

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