第7話 仕事という救い
電車を降り、群れの中の1匹として職場へ向かう。歩くに連れて人が分かれ、どんどん人が少なくなっていく。なんだか、この人の群れ自体がひとつの生物にも思えた。
ワタシが働いている職場は、端的に言えば、IT系の零細企業だ。もともとはITベンチャー企業として社長が学生時代に設立したけれど、もう設立してから8年も経っていて、ベンチャーではなくなってしまった。
それでも業績自体はそれほど悪くはなく、社員はワタシを含めて5人しかいないけれど、提供しているITサービスが安定していて、ニッチすぎるサービスであることから大手も再入しづらい状況にある。昔、一度だけ買収の話があったようだけれど、それは社長が断ったという話を聞いた。社長の思い入れのある会社なのだと思う。
ワタシは設立メンバーではなくて途中入社組。組と言っても、ワタシだけで、他のメンバーはすべて創業メンバー。
もともと社長と一緒に創業メンバーとして働いていた女性が妊娠して、育児をする数年だけというスポット的な話ではあったけれど,ちょうど就職先を探していたワタシにとっては、タイミングが良くてサラッと入社してしまった。
この会社の面接はとても特殊で、メールでワタシができることや資格、大学で学んだことなどについて聞かれ、それに返信し、さらに2、3回やり取りをしたら、就職が決定。こんな簡単な感じで良いのか?と思ってしまう。
もともと社長とは知り合いの知り合いで、人を探している話も知り合いづてで聞いたという経緯ではあったけれど、社長とは直接面識はなかったりする。言ってしまえば他人だ。大学でも会ったことは無い。
普通は面接するだろうし、面接というと直接会って話をするというのが当たり前だと思っていたワタシにとっては、かなり驚いたけれど、容姿や性別、年齢については不問というのは、有り難かった反面、最初は少し不安でもあった。
直接会ってないのだから、本当に容姿などについて不問という会社も珍しい。ルッキズムとか差別とか、そういうのを無くそうと言って、標榜して、実際に実践している会社ってレアな気がする。
ただ、入社してみて何となくその理由は理解できた。そもそもこの会社では、人と会わない。ほとんどのやり取りが社内チャットやメールで行われていて、直接会うような会議も無いのだ。たまにWebでの会議がされているようだけど、ワタシは事業にはノータッチだから呼ばれることはほんとどない。
会社として登記で事務所が必要であるのと、外部とのやり取り、ワタシは事務職なので、税理士や会計士、社労士の先生などと話をする時に会議室が必要なので、レンタルオフィスを借りていて、ワタシはそこに出社している。
社長や他の社員とは何度か会ったことはあるけれど、基本的にはほとんど顔を合わせることはない。そもそも社長や社員はレンタルオフィスに出社することがあまりない。必要なときだけ出社するという感じ。基本リモートワーク。
ワタシ的にはそれはとても有り難かったし、会社の人間関係を考えなくても良いのはかなり助かったと思う。
事務職とは言っても実は結構忙しい。大きな企業であれば単機能で部署が分けられ、それ以上の仕事はないけれど、小さな企業では何でもかんでもやらないといけなくなる。
特に元はベンチャーだったこともあって1人対する仕事の裁量の大きさと、多様さは半端ない。
ワタシの場合は社長のスケジュール調整のような秘書業務的なこと、経理関係、税理士や会計士、社労士、弁理士、弁護士などの先生とのやり取りや調整、各種役所へ対応、人事といっても採用権限は無いけれどそれらの手続き、などなど、様々な雑事を一手に担っている。
タイムリミットが厳しい仕事は少ないので、ある程度自分のペースで仕事ができるのが良いところだけれど、いろいろとチャットやメールで相談事が来るので、意外と忙しい。
相談事と言ってもそもそもメールのやり取りにルールがあって、相談というよりはこれが経費で落ちるかとか、新しいパソコンの部品?が購入がしたいとか、そういう話がほとんど。
それでも、ワタシが必要とされていることを感じることができるし、それがこの会社にいる意味というか、ワタシの居場所があることが、ワタシにとっては嬉しかった。
それほどお給料は高くないけれど、そういう居場所があることはワタシにとって生きていく意味のひとつになっていたようにも思う。
メーラーを開くといくつか社長や社員からメールが来ていた。社内チャットでもいろいろと来ていて、彼らは土日も関係なく働いている。@rioでいくつか連絡も来ていた。
今日は結構こなさなければいけない仕事が多いように思う。月曜日は代替そうだけれど。でも、今のワタシにとって、この忙しさは余計なことを考えなくて良くなるから、ウェルカムとも言える。ある意味、仕事が救いになっている気もした。
返せる返信は早速返していく。徐々に脳が仕事モードになり、ワタシは仕事の海に潜っていく。
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