第4話 ワタシは、愚か者

お風呂から上がって、パジャマに着替える。まだ17時とかなり早い時間ではあったけれど、もう出かけることも無いし、寝転がりながら、本を読もうと思った。


と、その前に♪♪♪ 最近のお気にのチョコミントアイス♪


お風呂上がりで体温が高くなった身体には、アイスが沁みるー。そして、チョコミントの爽やかさと甘さが、うーーーーん、美味しい♪ 理央的至福の時間。


チョコミント考えた人、きっとノーベル賞獲ってるよね!って思うぐらい、最高の組み合わせかなって思う。ワタシは常に常備してます♪


Youtubeを見ながら、チョコミントアイスを食べる時間は、数少ない至福の時間。今日は特に半笑いガン見なんて失態を晒してしまったから余計にそう思う。


アイスでクールダウンも済んだし、謎探偵がまだ全然途中だったから、続きを読もう。


さてどこページだったか。今日はあまりにも慌てすぎていて栞を挟むことすらせず本を閉じてしまった。


でも、読んでいたページはすぐに分かった。ページの右側が少し歪んでいたから。ワタシは緊張すると、すごく手汗をかいてしまうから、よく汗で紙がシワになってしまう。


本を読んでいるときに、これほど汗をかくのは、かなり久しぶりな気がする。ワタシ的には本が汗でワシャらないように、いつも心がけているし、そういう意味で落ち着いて読書ができる、リプカフェを選んでいるというのもある。


「うわっ、キモチワルっ」


好きな人と二人きりのデートの時、ワタシ的にはデートだったけど、彼は友達と遊びにいく感覚だったと思う、その時に言われた言葉。


緊張のあまり手汗がすごくて、もう洪水みたいは言い過ぎだけど、ワタシの手の平だけ雨が振っているみたいにビチャビチャで、それに触れた彼がが言った言葉。


そう、それが普通の感覚なのだろうと思う。だから、その時からワタシは手汗については、すごく注意してきたし、人と触れるというのを極力避けるようにしていたようにも思う。相手に嫌な思いはさせたくない。


歳を取ったからなのか、それともある程度感情を、コントロールできるようになったからかはわからないけれど、最近はかなり手汗で手が水浸しになることは無くなってきた。落ち着いた、平穏な生活を心がけているというのもあるかもしれない。


だから、余計に、本のシワがとても気になってしまった。


少し切れ長の眼で爽やかな彼の顔が頭に浮かぶ。なんだか、心臓の鼓動が早くなった気もして、心の奥に、蠢く何かがあるように感じた。


ワタシのお気に入りの本をはじめて手にとってくれた人。彼の声が頭の中でリフレインする。短い言葉。


ああ、ダメダメ。本に集中しよう。


頭を振り払い闇探偵の続きを読み始める。


のに、文章が頭に入ってこない。眼の前の文章をちゃんと認識できていないように思う。どこかフワフワしていて、そして、彼のことを考えてしまう。


どうして彼はあの本を手にとったのだろうか。興味本位の気まぐれ、たぶんそうだろう。全然有名な作家さんでもないし、人気があった小説でもないし、装丁が奇抜で派手というわけでもない。


彼はどんな気持ちで、あの本を読むのだろう。


ああ、ダメだ。何を考えているのだろう、ワタシは。ああ、もう嫌になる。リセットしたはずなのに・・・。


ワタシの心の中で、頭の中で、分かっているけれど、否定したい言葉が去来する。ぼんやりとしているけれど、でもそれはハッキリと何かは認識できている。その言葉を形にしてしまうと、もう後戻りはできないし、ワタシの平穏な生活が壊れてしまいそうで、必死にかき消す。


だって、今日会ったばかりで、話もロクにしていないし、何者かも分からないのだ。そりゃあ、ちょっとイケメンかなあって思ったけど、それでいちいち心が乱されていたら、マトモに生活なんてできない。


だからコレは一時的な気の迷いだし、恥ずかしかったことによって心が乱れているだけだし、お気に入りの本を手にとってもらったことが嬉しかっただけで、それ以上でも、それ以下でも・・・ない・・・とワタシは思うのだ。


だってワタシは心に誓ったのだ。ワタシは人を好きにならないって。


そう思った時、ワタシは彼のことをもしかすると好きになりかけているのかもしれないと、認識する。


好きに・・・なりかけて・・・しまった・・・。


ああーーーーーーーーーーーーーーー!


考えないようにしていたのに、一度、認識してしまうと、もう手がつけられない。何かが心の中でムックリと起きだそうとしていた。


ワタシはワタシを説得する。


そう、好きになりかけているだけで、これは好きではないと。


そうだ、まだ好きじゃない。好きになったわけじゃない。好きになりかけてるだけで、それは好きではないのだ。


思わず枕に顔を埋めてしまった。


ああ、何だコレは。


人を好きにならないと決めて平穏に暮らしてきた。人と極力関わらないようにして、ワタシはワタシを守ってきた。それはワタシ自身を守るだけでなく、相手に不快感を与えたくないという気持ちもある。ワタシのような人間が人を好きになってはいけないのだ。


そう、好きになっても、どうせ上手くはいかない。


ルッキズムや差別など、昔と今では様々な考え方が変化している。だから、あの時と同じようなことにはならないのかもしれない。


でも、ワタシは知っているのだ。差別を無くそう、見た目で人を揶揄してはいけない、性別で差別してはいけない。そう社会で叫ばれ、そういうことが憚れるようになってはいるけれど、それは建前。心の中では、そう思っていない人が大多数なのだ。


醜いものを見れば忌避し、理解できないものを見れば排除する、それが言葉として表面には出てこないだけで、本当は心の奥底でみんな思っている。それが現実。


だから、ワタシは人を好きになってはいけないし、世界の片隅でひっそりと生きていくのがベストなのだ。余計な波風を立てる必要はない。


何も起こさなければ、人の冷酷な感情を知る必要もない。何も起こさなければ、誰も見向きをしないから。


ああ、でも、ワタシの心は、どうしても言うことを聞いてくれないようだった。心のそこで何かが起きてしまったようだ。


最後に人を好きになってから、10年も経っているからかもしれない。ワタシにこんな感情があったことを思い出す。


ああーーーーー!


枕を抱えて悶えてしまう。ゴロゴロしてしまう。


ワタシは何をしているのだ。ああ、もうワタシは・・・。


ダメすぎる、ダメすぎる、ダメすぎて、もうダメ。


そんな悶々とした時間を過ごしていたら、もう9時になっていた。ああ、なんてことだろう。ああ、ワタシは完全にダメ人間になってしまった。


無理やり寝ようとしても、眠れない。いろいろなことを考えてしまう。


過去のことや彼のことが、頭の中で何度も何度も再生されていく。もう手遅れ無いのかもしれない。ワタシは、彼のことを・・・、たったひと目あっただけで、彼のことを・・・、好きになってしまったのかもしれない。


愚かすぎる、ワタシは、愚か者だ。


ずっとそういうことを避けてきて、特に何も起きず、平穏な生活が続いていたから、気持ちに緩みがあったのだろう。その隙間に好きが勝手に入り込んできた。無遠慮に。


もう、もう、もう、無駄な抵抗は意味がないかもしれない。何かが目を覚ましてしまったようだ。


寝よう、寝よう、寝よう。


ワタシは睡眠導入剤を飲んで、そして布団に包まる。また過去と彼のことを逡巡しながら、そのまま眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る