第5話 実態

河西が精魂込めて書き上げた官僚の渡り特集第二弾が、趣を変えてマガジンに掲載された。それはキャリアに限定せず、官僚すべての天下り実態に及ぶものであった。新聞紙上での官僚に対する批判は、キャリアにスポットを当てる傾向にあるが、それをノンキャリアにまで広げているのである。

その内容はこうだ。

国の省庁には毎年一千人強もの新卒者が入庁する。そして三年、五年と切磋琢磨し業務に励む。そこで派閥に導かれ、格差が生じ昇進に差が出る。これは一般企業でも同じだが、異なるのは年功序列で年を重ね、五十歳近くになると退職を促され、いわゆる肩叩きが始まるのである。そして「奨励退職」という形で退職するが、退職者の受け皿として所管の公益法人が用意されている。ここに渡るのである。現在の省庁関連の公益法人は一万七百法人、さらに都道府県関連が二万五千法人あり、国と都道府県を合わせ三万五千法人にのぼる。


「まあ、こんな実態だ。もちろん、これらの公益法人のすべてが無駄ということではない。重要な役目を担っている法人も数多くあるだろうが、それにしても多すぎる」

河西が自嘲気味に説くと、「ひえっ、そ、そんなに天下り先があるんか!」と、西田と山口が揃って声を上げた。

「そうなんだ、俺も調べて実は驚いている。公益法人というのは、財団や社団法人を指すが、新聞紙上や雑誌、テレビなんかで、いろんな法人名を見聞きするが、余り意識せず、ほとんど聞き流していたよ。だけど、改めてその数に驚くばかりだ」

溜息交じりに言うと、感心した西田が尋ねる。

「そんなのよくわったな。どうやって調べたんだ?」

「これか?これは簡単だ。インターネットで検索すればいい。公益法人の実態として、設立目的別の法人数。年間収入別、資産額別。それに収入構造、支出構造などが詳しく分析されている」

「へえ!すげえな。そんな細かく調べられるのか……。それにしてもたいしたもんだ。俺たちにはそんな細い分析はいらないが、要はその数の多さだ。しかし、よくもまあ、そんなに多く設立したもんだな。それらの公益法人に勤める職員は、すごい数になるぞ」

「確かにな。その中で、天下った官僚数を推測すれば……」

開いた口が塞がらないのか、溜息が漏れた。

すると、山口が口をはさんだ。

「おいおい、するとなんだ。財団や社団法人は営利目的じゃない、ということは、そこで使われる金の出所はどこなんだ?」

「決まってら、特別会計というやつさ」

「ということは、我々の血税ということになるな。けど、給料から天引きされる所得税とは違うよな」

「そうだ、お前が飲んでいるそのお湯割りだって、焼酎の三十%ぐらいは酒税だ。まあ、税金をお湯で割って飲んでいるようなもんだな。それに煙草には、たばこ税が六五%占めていて、吸えば税金を燻らせることになる。煙草も百害あって一利なしと言うが、納税貢献は大きいんだ」

「なんてこった、それじゃ、官僚や地方役人の給料を、俺たちが賄っていることになる。この酒の一滴、煙草の一服が、奴らの懐に入っている勘定か」

酔いが醒めたのか、はたまた回り過ぎたか、山口は目玉を忙しく動かしていた。

「まあまあ、あまり感情的になるな。頭にくるんだったら、酒を飲まなきゃいいし、車も乗らなきゃいいんだ。だってそうだろ、酒には酒税、煙草は大半たばこ税。それに自動車には自動車税や重量税、ガソリン代にはガソリン税と、なんでもかんでも特別会計予算の基になる税金が付加されているんだからな」

河西の説明に、二人は貝になった。それでも、構わず続ける。

「二人とも、まだ先は長いよ。しょっぱなで驚いていちゃ、聞き終えた時に心臓が止まるぞ。どうする?聴くか、それともやめるか?」

そう驚かされ、西田が口を尖らす。

「何を言う。これしきで。先に進めてくれ」

「そうかい、それじゃそうしよう。聞いて驚くな!」

「ああわかった。心して聞くよ」

お湯割りグラスを大事そうに持ち、固唾を呑む両名を見つつ河西が続けた。

「その前に、民間企業の金融機関での天下り人事と、官僚の天下りは類似していると思わないか?」

「まあな……」西田が躊躇気味に応える。

「民間では六十歳で定年になるが、金融機関では五十歳で進路決定が促される。選択技として、そのまま昇進なく残留するか、取引先を含めた関連会社に片道切符で転出し、役職を与えられる、となる。まあ、銀行員はどちらかといえば、準公務員みたいなもんだ。その辺は官僚によく似ているだろ」

西田が頷いた。

「確かに、俺の知っている金融機関勤めの奴は、まさにそんな目に遭っていたっけ。この前、浮かぬ顔してどっちにするか悩んでいた。その後どうしたことやら…」

思い入るように呟いた。すると河西が、その思いを断ち切るように言った。

「まあ、民間企業のほうは後にして。官僚の天下りへ話を戻そう。まずは、わが国の省庁、すなわち行政機関は幾つあるかというと、内閣府、総務省、経産省……防衛省と。一府十二省庁ある。現行の省庁は、平成十三年に中央省庁再編で現在の枠ができたわけだ」

行政機関の数を聞かされ、二人は溜息をついた。そして西田が確認する。

「しかし、ずいぶんあるな。昔からあるんだろうが、再編で減ったんじゃないのか?」

「いいや、この省庁再編は削減ではなく、現実的には統合されたに過ぎない」

「統合されたんだ。じゃ削減されているんだろ?」

「数的には減ったが、統合されただけで実質中身は変わらない。例えば厚労省のように、厚生省と労働省が一つの屋根に集まっただけだ」

すると、山口が吠える。

「本当かよ。それじゃ、まやかしじゃねえか!」

「まあ、それは二の次にして。で、その統合整理により所管の公益法人が減ったかというと疑問符がつく。なぜなら、奨励退職というわたりシステムは温存されているし、統合された省庁にそのままくっついているからな」

河西の結論に今度は驚き、

「なんでそんなことになる。以前、官僚の天下りや公益法人実態が問題になって、統合整理になったんだろ。確か、自弊党政権時代の総選挙の目玉だったぞ!」と、さらに憤った。 

冷静に河西が抑える。

「まあ、あの時の選挙戦での自弊党のマニフェストの目玉だったから、実行しなけりゃならない。それでこうなったわけだ」

「それじゃまったくのペテンだ。国民を騙しているんか。そこに流れる特別会計予算だって、とくに削減されたわけじゃないんだろ」

「そのとおりだ。考えてみろ、自弊党だって選挙に勝つには国民に受けのいい公約を主張しなけりゃならん。この三万五千の公益法人に勤める人間も選挙権があるんだからな。奴らの死活問題となれば、自ずと当たり障りのない統廃合になるってもんだ」

「しかし、やってられねえな。俺たちが飲んだり食ったりするものに、こいつらを養う税金が入っているなんて。まったく頭にくるな!」

やけっぱちになり吠えた。すると、河西が山口の態度に嘆く。

「すぐにそうなるから、これじゃ話が進まないよ。いいか、先に進めても?」

「おお、気にせずやってくれ」

「そんじゃ、よけいな口を挟むな。お前たちに言い聞かせるのは、幼稚園の園児より大変だ。まあ、愚痴っても仕方ないか」

気を取り直し、改めて続けようとすると、今度は西田が「ちょいとその前に聴きたいことがあったんだ」と割り込む。河西が口を尖らす。

「また、話の腰を折る気か!」

「いや、そんなつもりはないが。ほら、山口が口を開けているだろ。あまりの衝撃で、話しについてこれなきゃ、話し甲斐がないと思ってさ」

そう言われ、「おっと、つい睡魔に襲われて……」と、酔い顔の山口が、慌てて涎を拭った。

「それじゃ、話してくれ」

西田が促され喋り出した。

「さっきお前が公益法人数を三万五千法人と言ったよな。聞き流したが、なんでそんなに多いんだ?」

河西が遮る。

「これからそれも含めて話すから、飲みながら聞いてくれ」

「わかった、それじゃ続けろ」

「まったく、お前らは勝手なんだから。遠慮せず平気で話の腰を折るから嫌になるよ」

西田が渋い顔で返し、説明を続ける。

「まず、省庁分に限って話すことにする。これも各省庁の情報公開資料でわかるが、その所管別法人数を見ると、驚くなかれ、多いところで国交省関係特例民法法人一覧によれば、法人数千八十四で、社団が六百九十八、財団が三百八十六だ」

「うへえっ、そんなにあるんか。いったい、どんな法人だ?」

「ああ、一例を上げると。これまた省の局ごとにあり、道路局であれば(社)日本道路協会、(財)高速道路調査会、(財)首都高速道路協会。それに、関東運輸局では(社)神奈川県観光協会、(社)埼玉県自動車整備振興会や、(社)栃木県タクシー協会、(財)関東陸運振興財団というように、二十局に類似する法人がぶら下っている」

「次に農水省では、所管特例民法法人が三百七十一法人。内訳として、特殊社団二百四十五法人、特殊財団が百二十六法人だ。こちらも十一局あり、夫々局毎に法人数が分かり、同様に類似法人名が目立つ。おまけにこの情報公開資料で、公益法人での役員報酬や退職金規定も載っているんだ」

この規定を観ると、高額なのが分かる。例えば、総合食料局の(社)農協流通研究所だが、規定によると、総裁、専務理事、常務理事の各常勤役員の年俸(酬額)が、役員報酬規程内規で定められている。それに数年居座って退職(わたりをする)場合は、別途退職金支払い基準がある」

お湯割りグラスを持ったまま唖然と聞く二人に、河西が振る。

「どうだい? この高優遇体系は。これらの役員は、自ずと知れたキャリア官僚の指定席だぞ。それに奨励退職した下級官僚も天下り、報酬及び退職金規定が定められている。もちろん、報酬は官僚時代を下回らない」

「……」

二人は黙りこくるが、視線は怒りに満ちていた。

さらに、河西が続ける。

「また、最も多い国交省に次ぐ省で厚労省の所管法人数は千二十八法人。さらに財務省が七百三法人、環境省が九十二法人となっている。すげえっなんてもんじゃない、驚き以外の何ものでもない。とにかく、財団、社団のなんたらかんたらと、いろんな公益法人が存在し、素人目でも重複しているのが分かるから、目の子で半分くらいはの法人は減らせるんじゃねえか」

河西も投げやり口調となった。すると、目を吊り上げた山口が抑える。

「おいおい、調べた本人が憤ってどうする。聞く俺たちはどう表現していいのやら。開いた口が塞がらないって言うのはこのことだ。……うんにゃ、待てよ。河西、さっき言ってたな。これに都道府県の公益法人があるって」

「ああ、言ったよ。まあ、国の省庁関連だけで驚いちゃ、まだまだ素人だな。所管の公益法人が省庁より、二倍以上あるんだから」

西田が鼻を膨らました。

「なんてこった! これじゃ、俺たちの国は官僚や地方公務員の天下り漬け天国じゃねえか。だからインターネットのブログやツイッターに書き込まれるんだ。『官僚による天下りの実態。紺碧の海によろしく。けど、浸かり過ぎて溺れることなかれ』ってな。それに、『天下りは社会の無駄だ。天下り文化が一掃されなければ、日本の借金は減る方向に行かないだろう』ともな。だから、そう揶揄され、怒りをかうんだ」

「まったくだ。なんで早くその無駄を無くそうとしない?政治家は何をやっている。政治指導とか言って、官僚支配を打ち破ろうと触れ込みから二年も経つが、一向になくならない。民民党の事業仕分けは単なるセレモニーだったんか。それとも、官僚の掌で踊る猿芝居か!」

山口が憤った。そこで、西田が頷き吠える。

「まあな、これが現実だ。革命でも起こらなきゃ直らないって!」

「おいおい、物騒なこというな。でも、政党間の国会論戦を見ているとほど遠いな。そうだろ、今の民民党もだらしないが、野党に成り下がった自弊党などさらにひどい。自分たちがやってきた官僚との癒着と愚策を棚に上げ、今じゃなんでもかんでも重箱の隅を突ついて政争の具にしている。本当に国民のことを考えての議論など皆無だぜ」

山口が見下す。

「しかし、これからどうなっちまうんだ。赤字国債は一千兆に迫り、一般会計の五割の税収不足を、国債で補わなきゃ成り立たない予算なんて、危機的状況だ。これを早急に改善しなけりゃ、ギリシャやイタリアのような破綻国家になりかねない。それをのんきに、目先の党利党略しか考えないでいる。これじゃ、本当に革命でも起さなきゃ直らんぜ。そう、思わないか!」

「まあまあ、そこまで言うな。でも、本腰で改善しなけりゃ日本国は再生できないか……」

そこで河西が、真面目顔で西田を抑え尋ねる。

「それでな、話は変わるが赤字国債は累計でいくらあると思う?」

「えっ、そんなの急に聞かれてもわからないな。まあ、一千兆に近いということは、九百兆円くらいか。でも、どうしてそんなこと聞くんだ?」

「いや、別に。お前が日本の借金をどれだけ把握しているか、聞いてみただけだ」

「そうか、河西がそんなこと聞くということは、よっぽど危機的状況にあるからだろうな?」

「ああ、そのとおりだ。聞いて驚くな。平成二十二年度で九百七十三兆円あり、それでさっき、一千兆円に迫るといったんだ」

「しかし、えらい額だな。この借金が将来子供らに引き継がれるわけか。それはえらいこっちゃ。それでなくても、年金の将来像が不透明で不安なのに、さらに借金の先送りかよ。俺たち、子供に恨まれるな」

「そうだな、それにもっと怖い話をしてやろうか」

「えっ、なんだよ。俺、幽霊が苦手なんだ。ちょっと勘弁してくれ。でも、どうしても聞けというなら、小便ちびらないよう聞くから、お手柔らかに頼んます」

「何、寝ぼけてんだ。そんな非現実的なことじゃない。聞いて驚くな、小便漏らすどころか、腰を抜かすぞ。覚悟はいいか?」

「そんなに、恐ろしいことか?」

びびる西田にかまわず続ける。

「まあ、現実的に、皆、借金の多さは認識しているが、これから話すことは、お前らあまり考えちゃいないんじゃないか?」

そう言いつつ、二人の顔を眺めた。

「じつは我が国の借金の増大状況だが、さっき一千兆円に迫ると言っただろ。借金には当然利息がかかる。それを計算していくと、毎秒いくらずつ増えると思う?」

「そんなの考えたこともない。まあ、年換算利率ぐらいは考えるが、今じゃ付いても蟻ん子の小便ほどだ」

「そうだろ、けど借金の額が大き過ぎる。従って、なんと毎秒百万円強ずつ増えているんだ。現実に着実に増え続けている」

「百万ずつ……。まあ額から言って、それくらいか。ややっ、毎秒百万だと。すると、十秒で一千万かよ。ということは、一分が六十秒だから六倍すると、六千万円になる。一時間だと三十六億円、それに一日二十四時間でいくらだ。さらに一年三百六十五日でどれくらいになる? さらに十年で…? こりゃ天文学的数字になるぞ。どうなっちまうんだ」

「そう思うだろ、いかに国の借金が多いか。それを他人事のように思っている輩が多いから平気で口にするが、さらに毎年一般会計予算で赤字国債を四十兆円強発行すれば、すでに国家財政が危機的状況にあるということだよ」

「天文学的増加だな、どうするんだ……」

河西の仔細説明に西田が絶句した。そして間を置き、河西に苦渋顔で尋ねる。

「しかし、お前、それどうやって調べたんだ?」

「ああ、これはインターネットで検索したよ。『リアルタイム財政赤字カウンター』って、やつでな。見ているのが怖くなるよ。さっきの単純計算が、リアルタイムで表示され続けるんだからな。ずっと見ていると、どんどん増えてゆく。そうさ、こうして話している間にも増え続けている。それに加え、毎年四十兆円の借金元本が増えりゃ、毎秒百万どころじゃなくなる計算だ。怖いだろ」

「まあな……」

二人から想像外の呻きにも似た溜息が漏れた。

「しかし、インターネットってすごいな。こんなことまで調べられるのか。それにしても赤字国債の垂れ流しは、なんとかしなきゃな」

真面目な顔で山口が締めた。そこで河西が切り替える。

「とにかく、さっきお前が言ったように、革命でもなんでもやってくれって言いたいね。俺たちの生活が楽になり、将来に借金を先送りしなけりゃ結構だ。けど、北朝鮮やシリアみたいになっちゃかなわんがな」

「もっともだ」と山口が煙草を燻らせて頷くと、西田がお湯割りをちびりとやり同調する。

「そう願いたいね。あまり大きなことは言えんが、子供らの将来を考えたら、消費税アップだけで解決出来る代物じゃない。ここはやはり、歳出削減策が喫緊の課題となるだろう。特に無駄な公益法人の大幅削減が不可欠だ。とはいうものの、鳴り物入りの事業仕分けも尻つぼみだ。政治家さんよ、もっと本気出してやらんかい!」

これまたもっともらしくのたまい、煙草の灰を落とす。

「ところで、俺、この前週刊ダイヤモンドを買って、桜井よし乃が投稿した『日本の覚悟』を読んだよ。元ヤマト運輸の太田社長との対談形式だったが、『トラック協会などひどいもんだ。彼らは多くの天下り官僚を役員に据えて、税金の還元を受けている』という太田氏の指摘で、『役人を食わせるだけの公益法人が幾つも見つかった』とね。ここのところを、鮮明に覚えていら。まさしく、我が役人天国の実態はこうなんだ。やり切れないね」

「まったくだ、借金が毎秒百万円ずつ増えると聞いたあとじゃな。あいや、ちょっと待て。お前がダイヤモンドを買っただと。そりゃ珍しい。ひょっとして明日は雨かい?」

「よけいなことを言うな。俺だって、たまにはそれくらい買って読むわい!」

河西のちゃちゃに、西田が反発した。

「そうかい。まあ、それはどうでもいいが」と、河西が話題を変える。

「それでツイッターで読んだが、民民党政権が標榜する天下り根絶というのは、ノンキャリアを含まないんだと。当然、人数もキャリアより多い。このノンキャリの天下りは年間推定二千四百人といわれている。その実態を、民民党は把握していないのだそうだ。これも、場当たり的な代物だ。けどな、彼らが政権を取った時、嘘か本当か、自弊党は引き継ぎをしなかったらしい。普通、どこでも交代する時はきちっと書面でやるぞ。それがなかったっていうんだ。国家運営に係わることだ。もしそれが事実なら、責任回避の阿呆たれで、非常識はなはだしい。論外だ!」

鼻を膨らませ、冷めたお湯割りに口をつけた。

「まあ、横道に反れたが、現実はこれだ。俺たちの納める血税が納得できる形で使われるなら重税も我慢をしようが、この有り様じゃ何をかいわんやだ。いっそう煙草を止め、酒も断つか。それに車も乗らずにいよう。そうすれば、わずかだが天下り天国に一太刀浴びせられるぜ。どうだ、お前らもやらないか?」

己の浅はかな思いつきは、西田ににべもなく断られる。

「なに寝ぼけてんだ。俺たちには酒も煙草も生甲斐だぞ。それを断たれたら、生きている価値がなくなる。俺はごめんだね。お前ひとりでやったら。そばで見ててやるから」

「何を言うかと思えば、冷たい奴らだ!」

三人が顔を見合わせ苦笑した。

「とにかく俺は、これからも官僚の天下り実態を暴き続ける。第二弾もその気概で書いたつもりだ。どこまで抵抗出来るか、三弾、四弾としつこく挑戦してやる!」

薄暗い安居酒屋で煙草の煙に包まれながら、河西が腕捲りして胸を張るが、ついと思い出した。

「そうだ、忘れていたが、電力業界のことで付け加えたいことがあるんだ。東日本大震災による東京電力福島第一原発での、メルトダウンによる放射能飛散事件だが、国が示す原子力の安全神話が、完全に崩壊したことを意味する」

「それに、最近明らかになった原子力安全・保安院による『やらせ問題』。原子力関連の国主催のシンポジウムで、中部電力や四国電力に参加者の動員や原発賛成発言を要請していたんだと。それも発言内容まで指導していたとなれば、本来中立的立場にあり、原発を監視する役目を果たさなければならんのに、『やらせ』の張本人で推進側に回っていたなんて、決してあってならないことだ」

「それに九州電力では、やらせ問題で県知事まで絡んでいた。釈明会見で否定したが言語道断だ。知事の資格などない! そう思うだろ、なあ西田?」

「おお、当たり前えだ。ふざけんじゃねえ、って言いたいぜ。こいつら、国民をなんだと思ってる。欺く気か!」

すると、山口が唾を飛ばしわめいた。

「役人なんぞ信用できん。寄生虫の如く血税を貪り吸い、ふざけたプライドばかり高くて、せせら笑ってんだから。テレビに出ている奴らを見ると、びんたでもくれて蹴飛ばしたくなるよ!」

「抑えろよ、山口。お前がカリカリしたところで、どうにもならなん。それより頭の血管が切れたら、わややだぜ」

西田が憤る山口の肩を押さえると、河西が同調する。

「西田の言うとおりだ。そんなことになったら、お前の家族が路頭に迷うぞ。安月給のぺーぺーでも、貴重な収入源を断たれるわけだからな」

「おいおい、河西。ひどいこというじゃねえか。確かにお前のいうとおりだが、女房だって俺を愛してるんだ。献身的に看病してくれるわい」

「そうかいそうかい、そう思っていればそれでいい。けど、お前のかみさんがどう対応するか試してみるか?」

「何をだ……。ううん、馬鹿野郎そんなことできるか!」

「そりゃそうだ。血管切れちまったら、おしまいだからな」

道理と頷き、話を戻す。

「しかし、原子力政策を推進する経産省に、安全・保安院があること自体問題だし、さらに省内で、推進役の資源エネルギー庁との人事交流もあったと聞く。それなど何をかい言わんやで、それを統括する経産大臣のみならず、是認してきた当時の政権政党にも、問題ありと勘ぐられても仕方ないだろう。たぶん、キャリア官僚との馴れ合いや企業との癒着、さらには天下りの悪しき習慣が蔓延っていたんだ」

さらに、河西が憤りを隠せず吠える。

「それでな、福島第一原発での事故発生後四カ月も経つというのに、次から次と明らかになる問題。最近でも高い放射能が計測され、遅々と進まぬ安全化への遠い道程。そんな解決の目途も立たない厳しい状況にある東電の役員を見てみろ、ひでえってもんじゃない。これぞ端的に表しているもんよ」

確証じみたように続ける。

「驚くな、経産省からの電力会社への天下りだ。全国に十社の電力会社が地域独占で支配している。そこに天下りの実態が隠れているんだ。案の定というかやはりというか、東電の副社長が経産省キャリアの天下り指定席になっていることが隠し切れず、官房長官が批判したとよ」

さらに、言わずものがなと虚仮にする。

「考えてみりゃ、独占じゃ競争がないもんな。天下り実態は、十電力会社で年間四十五人に上る。東電同様、どの電力会社でも切れ目なく、経産省幹部が天下りしているということさ。官房長官が去る日の衆議院内閣委員会で野党に追及され、こう答えたそうだ。『これは由々しき問題で、事実となれば実態を徹底的に解明し、善処する』とな。もっとも、追及した野党が天下りシステムを作っておいて、得意満面に追及してんだから、ちゃんちゃらおかしい三文芝居だぜ」

聞き及んだ山口が愚痴る。

「ううん、電力会社といえば超優良企業だ。ぶら下がる関連子会社もたくさんあるだろうが、考えてみりゃ地域独占じゃ、これにクレームつけてもしょうがないな。抗議の意味で電気料金払わなければ電気止められちゃうしな」

そこで河西が興奮気味に吠える。

「くそっ、いつも弱者が損するということか。外国じゃ、国によって発電・送電が別会社だし、利用先も選べる。それが、この国は一社が地域独占じゃ、競争もへったくれもない。これじゃ、政治と官界と企業の癒着を生む。それを促しているのが、官僚のわたりなんだ!天下りと言う代物さ」

聞いている二人も赤ら顔で頷いているが、西田が心配顔になって言った。

「河西、霞が関川での釣果がいいからと、三弾、四弾の意気込みは買うが、お前の構想を聞けば聞くほど、えらいこっちゃで。よほど褌引き締めてかからないと、あかんぞ」

「そんなことわかっている。任せとけ!」

忠告も気にせず威勢よく返した。すると山口も不安顔になる。

「しかし、こんなもん出して、まともに生きていられるんか。平河町の怖い兄さんらに殺されるぞ。ノイローゼのあげく、自殺に見せかけられてよ」

「おお、そうだ。お前みたに酔って新宿の歌舞伎町界隈をふらついていると、両腕を抱えられ西口のガード下に連れて行かれてな」

西田が畳みかけ、さらに付け加える。

「それを考えたら、よく怖くないな。それにな、うちの編集長、ゴーサイン出すのか? 上司だって褌締めないと首が飛ぶからな。それほどえらいことだぞ。そうだろ、国の恥部を暴露し、楯突くわけだからな」

すると、怖気ずくどころか河西が強気に出る。

「何、びびってんだ。ここは日本だ、どこかの独裁国家と違う。民主主義の国で言論の自由が保障されてんだ。お隣中国のように、再教育などと拘束され、病院に入れられることなんかないよ」

「よっ、大きく出たな!」

山口が持ち上げると、河西が応じる。

「当たり前えだ、俺は誰にも屈しない。このペンが強い味方さ」

「それにしても、たいしたもんだ。俺にはそんな芸当、とてもできないな」

芯の強さに西田が真剣モードになり、少々の驚きとともに敬意の眼差しで、河西を窺いながら煙草を燻らせていた。

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