終章

「兄さん、義姉さん。今日は色々作ったから、好きなもの沢山食べてね」

 河奈が何事もなかったかのように取り繕おうとするが、表情が引きつっていた。俺たちが適当な席に座ると、伊波は俺たちを極力見ないで済む席に座り「いただきます」と料理を食べ始めた。

「「いただきます」」

 好きなもの、とは言っているがこれはほぼ凛の好みのものだ。しらすのあえ物、けんちん汁、他にも和食がずらりと並んでいる。河奈が凛の好物を把握しているのは、以前この旅館を利用した時に訊いたのだろう。凛の目が輝いているのを見るのは、一体いつぶりだろうか。凛を横目に見ながら食事を口に運ぶ。

「あら、美味しいわ河奈ちゃん。また腕あげた?」

「そんなことないですよ、でも喜んで頂けて嬉しいです」

 凛の言葉は素直に受け取るくせに、

「うめぇなこれ」

「だって今日はお客様が居るんだもの、腕によりをかけたの」

 俺の言葉にはそこまで素直ではない。何という妹だ。

 四人で食卓を囲むのはいつぶりだろうか。まだ俺と凛が同居していた頃だろうから、五年ほど前か。ちょうど伊波が成人して、旅館を継ぐことになった時期だったように思う。俺は北条家に婿入りしていたから、長男ながら旅館の跡継ぎになることは無かった。継いでいたとしても、伊波より上手くやれる自信はないが。当時の俺も、それを心の中でわかっていて婿入りした……はずだ。そう思わないとやってられない。

「おーい、河奈。酒」

「もう、兄さんったら……飲みすぎないでよ」

 とくとく、という音と共に日本酒が盃に注がれる。それを一気に飲み干すと、少しだけ気分が和らいだ。

「アンタ酒臭い」

 凛からは不評だったが、構わない。伊波の為に無い金出して京都まで行ったんだから、酒の数杯くらい許してほしい。

「いいだろ、俺の勝手だ」

「もう……酔い潰れても知らないわよ」

 凛、というか北条家の人間は酒に弱い。ついでに伊波と河奈も弱い。この場で酒を飲めるのは俺だけだ。他三人が飲んだら、すぐに酔い潰れてしまうだろう。

「平気だっつーの」

 そう返し、再び酒を流し込む。頭がふわふわとしてきたので、心地よく酔えている気がする。というか、河奈ではなく凛が酌をしてくれてもいいのにと思ってしまった。凛の性格上絶対そういったことはしないだろうが。凛は俺の妻として振舞うことを嫌う傾向にある。結婚前から、恋人として振舞うことも避けていた。単に男慣れしていなかったのだろうか、それとも当時から俺のことが嫌いだったのだろうか。男装していた時期があるから前者はないだろうな、と嫌悪感に陥り再び酒を飲む。

「もういい歳なんだから少しは健康に気を使いなさいよ」

「うるせぇ、俺はまだ二十八だっつの」

「アンタはもう……」

 伊波と同い年の凛に言われても全く気にならない。だが、もう三十路も見えてきたので凛の言う通り健康には気を使った方が良いのは間違いない。それはわかっていても、中々実行できないものだ。


 食事も終わり、風呂にも入り、俺たちは部屋に戻った。途端に重い空気がその場に流れ始める。折角仲直り出来たかのように思っていたのに、またこれだ。凛との距離感が上手く掴めない。

「……私ね、アンタの……南雲のこと、これでも羨ましく思ってたのよ。明らかに私より剣術に長けてるし、まぁそれなりにイケメンだったし。何より体格が良かったし。今考えると、龍になって暴れられたときは怖かったし一度嫌いにもなったわ。でも、伊波くんの為にここまで出来るなら、やっぱり悪い人じゃないんだとも思えた。だから」

「全部言わなくてもわかる、お前の態度見てたら」

 浴衣姿の凛を抱きしめると、ほんのりと花の香りがした。凛はもう一言も喋らなかった。

ただ、居心地の悪い空間ではなかった。

 凛を最後に抱きしめたのはいつだろう。恋人時代や新婚の頃に数度あっただろうか。その頃から凛は気高く、だけど俺の為に短かった髪を伸ばすなど可愛いところもあった。人って変わるもんだなと思うが、反面凛の根本的な部分は変わっていないのかもしれないとも思う。

 凛が上目遣いで俺を見つめている。ならば、やることは一つ。凛の顎をくいっとあげ、優しく唇同士を触れ合わせる。

「……何、すんのよ」

「だってそういう流れだっただろ」

だが、凛は満更でもない様子だった。なのでそのまま、凛を布団へと押し倒した。

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弟が持っていた妖刀を修理することになったんだが 景文日向 @naru39398

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