第六章
気が付いたら、俺は布団に寝かされていた。凛が珍しく心配そうな顔で俺の方を見てくる。
「気ぃついた? それにしても、アンタまさか龍やったとは思わんかったわ」
部屋を見渡すと、荒れていた。これは俺が暴れまわった後なのだろうか。自分が妖怪とか、そんなこと考えたこともなかった。父も母も、至って普通の人間だと思っていたのだが。両親のどちらかが龍だったということなのだろうか? その場合、隠していたのは恐らく母だ。父は再婚して、伊波と河奈がいるのだから。しかし俺が龍なんて話を、聞いたことが無い。
「……俺、龍なのか?」
場の空気を凍り付かせないよう、慎重に訊ねる。
「せやで」
すると、あっさりと返事があった。納得は出来ないが、部屋のこの荒れ様は納得しないと説明がつかないだろう。
「わかった、とりあえず俺は龍でしたってことでいい。それよりお宮さんはどうなったんだ?」
問題はそこだ。お宮さんが直っていないと帰るに帰れない。
「あぁ、あの刀ならまだ修理してへんで。旦那はん抑えるのに必死でな」
「……そうか」
「今から直すから、奥さんと待っとれ」
そう言い残すと、京は刀に向き合い始めた。信用はしきっていないが、お宮さんは直してくれるらしい。そう考えると、案外悪い奴ではないのかもしれない。
「凛」
「何よ」
短く名前を呼ぶと、素っ気ない返事のいつも通りの凛だった。
「もしかして、俺が龍ってこと知ってただろ」
「ええ。伊波くんから聞いていたし、実際同居中に暴れられて重傷を負ったもの。アンタは寝てて記憶にないでしょうけど」
ようやく辻褄が合った。数年前、凛は夜中に大怪我を負った。何故怪我したのかを問いただすと、一言「アンタのせい」。あれは俺の中の龍の血が凛に怪我を負わせたのだ。それ以降、凛の態度が冷たくなり嫌われていることがよく実感できた。そりゃそうだ、自分に危害を加える人外なんて好きでいられない。結果として離婚はしなくとも別居に落ち着き、このまま一生を終えるのだと思っている。が、正直なところ同居したいという気持ちも残っている。
「確かに、記憶はねぇ。……なぁ、俺のこと嫌いなのってそれが原因なのか?」
頭でうだうだ考えるより、直接聞いた方が早い。凛は一瞬固まった後、ゆっくり口を開いた。
「……前は気に入らない程度だったのが、あのことで嫌いになったのは確か。でも、今回の旅で少しだけ見直したわ。伊波くんの為ならこんなに頑張れるのね。通い婚くらいなら、悪くないかも」
「おい、それって……」
思わず訊き返してしまった。それってつまり、別居婚状態が解消されるということか。
「相変わらず鈍いわね、アンタのとこに通ってあげるって言ってんの。悪い?」
「悪くない」
食い気味に言ってしまった。通い婚とは言えど、凛と共に過ごす時間が増えるのは喜ばしいことだ。
「じゃあ、決まりね」
凛はふ、と微笑んだ。俺は現実味がなさすぎるので、何も考えられなかった。
「あの、お取込み中のところ悪いんやけど。修理終わったで」
京が気まずそうに声をかけてきた。見ると、彼の手には折れる前の完全体のお宮さんがあった。傷ひとつない、綺麗な状態だ。まじまじと眺めていると、電話がかかってきた。
「ん。南雲だけど」
「兄さん! 伊波兄さんが目を覚ましたの! やっぱり兄さんに頼んで良かったぁ……」
電話の主は河奈だった。その声は涙ぐんでいる。
「伊波兄さんに代わるね」
「……もしもし、南雲? 今回はありがとう。僕の為に頑張ってくれたみたいで。お宮さんも喜んでるよ。早く僕のところに返してほしいな」
伊波の声は元気そうで、数日前の寝たきり状態が嘘の様だ。
「伊波くんも河奈ちゃんも良かったわね。さ、京。お宮さんを返してくれる?」
「はいはい。旦那はん、くれぐれも触らんように。さっきみたいにまた龍の血が暴走しても知らんで」
お宮さんは凛に渡された。後は、これを伊波のもとへ届けるだけだ。
「……じゃあ、帰りましょうか。京、ありがとね」
お宮さんを大事そうに抱えながら、凛は「じゃあね、京」と挨拶を済ませた。俺も「ありがとな、助かった」と別れを済ませ後を追う。京からの返事はなかった。
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