第五章

にしんそばを食べ終えた後、京の家に向かうことになった。勿論俺の奢りだった。俺の金がいつ底をつくかわからない。そしてタクシーをつかまえた凛は、メッセージアプリの画面を開きながら、運転手に説明している。あんまり京都駅から遠くないと良いのだが。俺の財布が瀕死だから。

やがてタクシーは走り出し、和風な豪邸の前で停車した。表札には『藤原』と書かれているので、当たりだ。駅からそれなりに近く、そこまで負担になる額じゃなくて助かった。俺が支払っている間に、凛はチャイムを鳴らしている。しばらくすると、紫に白い線が入った着物の美女が「あら、北条はん。お久しぶり」と言いながら出てきた。凛とは違っておしとやかな雰囲気の女性だが、京ではないだろう。男だと言っていたし。凛は目に警戒の色を浮かべ、「アンタに用はないわよ。京は?」とだけ訊いた。美女は「あぁ、京なら家に居るけど。折角やし、あがっていったらどう? もてなすで」にこりと笑いながら口から言葉を紡ぎ出す。妖艶な声だ。

「私達は京に用があるから、もてなしなんて結構よ。家にはあがらせてもらうけど」

「残念やわぁ。ほな、ついてきて。京のとこまで案内するわ」

 女性は背中を向け、ゆっくりと歩き出す。洗練された所作だ。足音一つ立てない。俺達はそれに続き足を動かす。玄関に着いたところで、「お邪魔します」と挨拶をし履物を揃える。

「京、お客さんやで」

 女性は奥の部屋にも届くであろう大きな声で京を呼んだ。

「わかっとる。今行くから待っとって」

 心の中に忍びこんできそうな、不思議な声だ。襖が開く音がして、人影が見えたと思ったら

「北条、久しぶりやな。二人とも北条なん? まぁ、何でもええけど。用件はきいた。姉さんはどいとって。私の部屋でじっくり話聞こか」

 長い黒髪を束ねた和装の男性がそこには立っていた。黒目がちな瞳は、何もかもを見透かしてきそうで恐ろしさを感じる。

「ほな、うちはこれで」

 女性は優雅な所作でこの場を去った。京はそれを確認してから、

「ほな、私の部屋行こか。折れた刀、持ってきたはる?」

「勿論だ」

「よし、私の部屋はこっちやで」

 京はゆっくりと歩き出した。俺たちもそれについていくと、一番奥の部屋で京が立ち止まった。

「ここ」

 京はそう言い襖を開けた。そこにあったものは、禍々しい雰囲気を醸し出す品々。刀剣から着物まで、幅広い物品が揃っている。共通点は、全て独特のオーラがあるということだ。

「とりあえず座り。座布団今敷くから」

 京は人数分の座布団を敷き、座った。俺達もそれにならい座る。質のいい、ふわふわとした座布団だ。京は俺達の様子を確認してから、

「姉さん、茶持ってきて」

 と声を張り上げた。しばらくすると、先ほどの女性が「人使い荒いわぁ、お茶淹れたで。今日は宇治抹茶」襖を開け、茶を俺達の前に置いていった。「おおきに、姉さん」京はそう返し、襖を閉めた。

「……ほな、お茶でも飲みながら詳しく聞こか。今回はどんな代物なんや?」

 凛が俺に目配せする。俺が話せということだろう。そう判断し、お宮さんを見せながら事の顛末を説明した。凛も京も黙って聞いていた。そして、話終えると京が一言。

「……アンタら兄妹、全員人間とちゃうな?」

思いがけない一言に、目を丸くした。確かに伊波と河奈は夜叉である。そうでないと妖刀なんてものは扱えない。だが腹違いの兄である俺は、人間である。……はずだ。凛を見ると、落ち着きはらって「そうよ」と回答していた。俺まで妖怪やら何やらにされるのは困る。

「やっぱりなぁ、北条の旦那はんお宮さんに触れてみ」

「えぇ……仕方ねぇなぁ」

 曲がりなりにも刀だ。そっと触れると、その瞬間俺の意識は吹っ飛んだ。

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