第四章

そして二日後。俺たちは小田原駅に居た。時間を指定されたのは良いものの、当の本人が悪びれず遅刻してきたせいで新幹線を一本逃した。

「悪かったって言ってるじゃない。東海道線が遅延してたのが悪いんだから」

「お前なぁ、余裕をもって家出ろよ」

 説教をしても仕方がないが、したい気持ちが勝った。

「アンタだって普段は遅れてばっかりじゃない!」

「それとこれは話が別だ、今回は俺の弟の命がかかってるんだぞ」

 俺たちの声が大きかったのか、気付かぬうちに人が集まってきていた。痴話喧嘩の見物とでもいうつもりか。

「「見せ物じゃない!」」

 何故か凛と連携が取れてしまった。この声でギャラリーは散っていったが、俺たちの間に何ともいえぬ気まずさが残った。

「……まぁ、過ぎたことは仕方ねぇ。次の新幹線の時間まで、スタバでも行って待つか」

 この空気をどうにかしようと、提案した。凛も「そうね。コーヒーでも飲んで待ちましょう」と乗ってくれた。駅の中にスタバがあるのは幸いだった。俺も凛もアイスコーヒーを注文し、席に座る。店内に漂うコーヒーの香りが、俺たちの空気を少し緩めてくれた。

「次の新幹線っていつなの?」

「一時間後のひかりだな。全く、自由席でとっといて正解だったぜ」

 単純に指定席は高いから、という理由で自由席にしたのだが。こうなると昔の俺、ナイスと言いたくなる。

「まぁ、文句は言わないわよ。アンタに任せたんだから」

 凛は金持ちの家の生まれだからか、自由席という点が引っかかった様だった。一応数年は夫婦をやっているし、それ以前の親交もあるので凛の考えていることは大体わかる。

「おう」

 短く応答し、この会話を打ち切る。しかし他の話題と言えば伊波のことくらいしかないので、沈黙が続く。夫婦仲が完全に冷え切っている。これが良くないことだとわかってはいるのだが、普段よく喋る俺でも凛の前だと黙ってしまう。凛は元々俺のことが嫌いなので、進んで話そうとはしてこない。今でさえ、警戒心を持っているのがわかる。凛の感情は目によく出る。俺は凛に警戒心を持っていないし、好意を抱いているのに。そんなことを考えていると、あっという間にコーヒーが空になっている。凛を見ると、まだ半分ほど残っている。俺は、訊き忘れていたことを口に出した。

「そういえば、藤原京ってどんな奴なんだ?」

「……え? あぁ、京ね。アンタよりイケメンよ。中性的な感じ。性格は……そうね、京都人って感じだわ」

 いまいち要領を得ないが、何となくは理解できた。しかし、俺よりイケメンというのは気に食わない。京都人というのも、要は性格がよくないのだろうという想像はつく。今からそんな奴に会いに行くのかと思うと、少しげんなりする。

 ふと凛の方を見ると、コーヒーが無くなっていた。俺があれこれ考えている間にに飲み切ったらしい。

「…出るか」

「そうね。新幹線に乗りましょう」

 確かに凛の言う通り、乗る予定の新幹線が発車するまであまり時間がない。俺たちはゴミを捨て、新幹線ホームへと向かう。

“まもなく、十三番線に十時七分発ひかり六三七号新大阪行きが到着します”

改札を通りぬけると同時に、放送が聞こえた。慌ててホームへと駆け出したが、凛は着物なので少し走るのが遅い。俺も着物なのだが、凛よりは早く走れる。これは単純に男女の身体のつくりの問題なのか、それとも……考えるのが面倒になってきたのでやめた。

 新幹線に飛び乗ると、自由席はそれなりに空いていた。富士山が見える側の席は埋まっていたが、反対はそうでもない。空き席を見つけ、凛を手招きする。

 凛は不満そうな顔で、「何でアンタが窓側なのよ」と言ってきたが、それには「席見つけた奴の特権だろ」と返してやった。凛は「何よ、もう……」と苛立ちを隠そうともしない。そこからはまた無言の状態が続き、

“まもなく、京都です”

 というアナウンスが流れるまでこの空間に言葉は無かった。

「降りる準備するか」

「そうね」

 俺たちは荷物をまとめ、出口へ向かう。すると間もなく駅に到着し、新幹線のドアが開いた。

「京都なんてもう長いこと訪れてないわ」

 そう言う凛の目は輝いておらず、どんよりとしている。良い思い出がないのだろうか。俺は良い思い出があるかと言われたらそうでもないが、久しぶりの遠出で心が躍っていた。

「俺も。とりあえず、飯にしねぇ?」

 今の時刻は午後零時過ぎ。腹が減ってくる時間帯だ。それは凛も同じだった様で、

「そうね。何かいいお店があるといいけど」

 と、スマホで店を調べ始めた。俺の身長だと、ちょうど凛の手元が見える。凛も決して小柄ではないのだが、それ以上に俺の方が大柄だ。約二十センチの差は大きい。しばらくすると、凛はこちらに向き直り、

「この駅でにしんそばを食べるっていうのはどうかしら」

 提案してきた。確かににしんそばは京都名物と聞く。悪くない。

「いいんじゃね」

 肯定すると、凛の表情が心なしか明るくなった。と言っても、誤差の範囲内だろうが。それにしても駅で名物を食べられるなんて、京都は都会だ。

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