第1章

それは、もう秋が迫ろうとしている晩夏の出来事だった。

河奈から、いきなり電話がかかってきた。

「あい、南雲だけど」

電話をとると、

「兄さん! 大変なの、今から旅館に来れる?」

切羽詰まった声だった。普段、ここまで焦った声を聞くことは無いのでこちらも身構えてしまう。

「わかったわかった、今からそっち行くから待ってろ」

そう言い電話を切る。面倒くさいことこの上ないが、俺は車を走らせた。相模湾は今日も綺麗な青色。俺の心情も青色。なんて、くだらないことを考えているうちに旅館に着いていた。


出迎えてくれたのは河奈だけだった。

「兄さん、大変なの! 伊波兄さんが……」

俺の手を取り、走り出す河奈。旅館に入ると、そこには倒れた伊波が居た。そして、折れた刀。伊波が「お宮さん」と呼んでいた、あの刀だ。

「どうしてこうなっちまったんだ?」

素直な疑問だ。伊波は動く気配すら見せず、その場に存在している。

「わからないの、ただお宮さんが折れていると兄さんも無事じゃすまないみたい」

 刀と一心同体。その言葉が俺の脳裏をよぎったが、伊波の身体は温かい。死んだ訳ではなさそうだ。

「私はここで兄さんの面倒を見るから、南雲兄さんはお宮さんを修理して欲しいの。兄さん、そういうのに詳しそうだから……頼める?」

 頼めるも何も、やるしかない。「いいよ、やるよ」と返事をすると河奈の表情が少しだけ明るくなった。

 とはいえ、俺は刀鍛冶の__ましてや妖刀を扱える人物なんて知らない。知っていそうな奴に聞くしか、修理する方法はなさそうだ。しかし、知っていそうな奴も思い当たらない。はっきり言えば、詰みだ。それを河奈に悟らせないよう、お宮さんを受け取る。

「大切に扱ってね。兄さんのものだから」

「わかってるよ」

 河奈の忠告を聞き流しながら、俺は旅館を後にした。

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