第42話 信念の……色1
無事に色喰いを退けたおれと蘇芳は、生協の片隅にあるパラソルの下で、透明なかき氷を食べながら向かい合って座っていた。
ちなみにかき氷が透明なのは「みぞれ」というシロップを選んだためで、蘇芳が意地悪をしてシロップ抜きで注文したわけではない、一応。
「その味でよかったんですか?」
蘇芳はしゃくしゃくと気持ちの良い音を立てながら、器用にストローの先で山盛りの氷を崩していく。その手つきを眺めながら同じようにしてみると、上の方がアンバランスに崩れて冷たい雫が指先に落ちてきた。
「なんかカタカナの名前どんな味かわかんなかったし……。それに美味いよ、これ。蘇芳だって一緒のやつじゃん」
「おれはこのあとバイトなんで。赤い舌とか緑の舌で行きたくないだけなんですけど」
「? あかいした?」
「あー、ベリー系とか、メロンとか……色の濃いシロップ食べると、舌に色つくんですよ」
思いもよらない新情報に、おれは思わず顔を上げてテーブル越しに蘇芳に詰め寄った。
「え! そうなの!? なんだよ、そんなオプションあるなら先に言えよ!」
「オプションて……。なに、赤とか緑になりたかったんですか」
「え……いや、まぁ別にそんな、子どもみたいなことしないけどな」
そう言いながら再び氷の山と格闘しだしたおれを、蘇芳は呆れ顔で眺める。かき氷食べて身体がカラフルになるなんて初耳だ。今度は、なるべく色のはっきりしたシロップのやつを食べることにしよう。
そう決意しながらひんやりとした甘みを堪能する。水滴のついたペンギン柄の容器が空になると、蘇芳は仕切りなおすようにふーと息を吐いた。
「美味かったですか?」
「うん。なんか涼しくなったしなー、いい食べ物だ」
「それはよかったですね。じゃあ、エネルギー補給できたところで話の続きです。……ちょっと嫌な話をするかもしれないですけど、許してください」
「………?」
蘇芳は珍しく、なにかを言い淀むように微かに目を伏せた。意外な表情と意外な言葉におれは目を瞬く。
「それって、どういう……」
「まずは、さっき言いかけてたことを教えてください。おれの勘違いならそれでいい。言わなくて済むならその方がいいです」
「えっと……色喰いの話、だっけ」
「はい」
蘇芳は食べ終わったかき氷のカップに目をやりながら静かにうなずく。その表情に胸がざわつくのはしかたがない。こいつは、おれに対しては基本「余計なこと言い」だけど、それは本当に他愛もないやりとりの中だけの話。本当に大切なことや必要なことに関しては、蘇芳はむしろ慎重だ。それを知っているからこそ、蘇芳が「嫌なこと」、「言わなくて済むならその方がいい」と感じることを聞くのは少し怖い気がした。
嫌な予感を振り払うように、おれは軽く首を振って思考を戻す。
「……おれが明誉から聞いたのは、色喰いはそのものが独立した妖怪とは言い難いということ。実体がないのでわからないことは多いけど、人間の世にこそ生まれるものだということ。……だから、おれは人間の中で生きながら、役目を果たすときを待っていた」
「人間の世にこそ、生まれる……? 色喰いを生み出すのは、人間だということですか?」
そう聞き返す蘇芳の瞳が鋭さを増す。日が暮れかけ、講義も終わったこの時間は構内にいるのも部活動やサークル活動に勤しむ学生がほとんど。おれたちがいる生協の古びたパラソルの周辺は寂しいほどひっそりとしている。
「それは、わからない……。けど、人間の負の感情が、実体のない妖怪の温床になるっていう話自体はたしかにある。たぶんそれを、エネルギーの一部にするんだと思う」
明誉に聞いた話の記憶を辿りながらそう言うと、蘇芳は眉間のしわを深くした。その見慣れない表情がどこか、痛みを堪えるようにも見え、おれは思わずカラフルなストローを握りしめる。
「なぁ、言いにくいことって、なに? 蘇芳、なにか知ってるのか?」
「…………彩さん。彩さんは、ほとんどこの大学で過ごしていますね。けど、まったくここから離れないわけじゃない。それにしては、色喰いが現れる場所が絞られすぎていませんか?」
「…………え?」
蘇芳はじっとおれの目を見る。最近はすっかり見慣れ、まっすぐに見返すこともためらわなくなった、意外と表情豊かな漆黒の瞳。おれを見て、「大丈夫か」と問いかけるようにすっと目を細める。大丈夫か、この先を聴く覚悟があるか、と問うように。
「最初に色喰いと出会ったとき、彩さんのそばにいたのは、誰でしたか?」
あのとき視界に映った新緑の葉は、今はもううっすらと暖色に染まりかけている。でも忘れていない。あのとき、この場所で、らしくないぼんやりとした表情でおれを見返した、あの優しい色の眼を、おれは今も忘れていない。
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