第33話 青紫の憂鬱1
フラスコの中に抽出された、鮮やかな黄緑色。複数の葉から、同じ条件下で色素を抽出するのには骨が折れたが、結果としては申し分ない。香り立つような複雑な色合いも、量も、充分だ。
「彩人、なにかいいことあった?」
にんまりと手元を眺めていると、後ろから覗き込むようにして花村が声を掛けてきた。実験器具から少し離れた場所に、淹れたばかりのコーヒーのカップを置いてくれる。
「あったよ。見て、これ」
そう言いながら戦利品をずいと差し出すと、花村はコーヒーを啜りながら苦笑した。
「よかったよかった。……けど、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
「ん?」
「えーと、最近元気だなって思って」
「? そう、かな?」
花村は凛とした大きな目をおれに向け、どこか探るように眺める。彼女がいつも純粋におれのことを心配したり気に掛けてくれているのは充分知っているので、そんな風に眺められるのもまったく深いなわけではなかったが、どこか歯切れの悪い質問のしかたは彼女らしくはない。質問の意図がわからずに軽く首を傾げながら聞き返すと、花村は思い切ったようにすっと小さく息を吸い、ぐっと身体を乗り出してきた。
「…………もしかして、小柴と話とか、した?」
「……へ? 恭介?」
少し辺りを憚るような声量で尋ねられた内容に、目を瞬く。恭介と話……は、まぁしたといえばしただろうが、なんでそのことをおれ達ふたりと嫌ほど面識があるはずの花村が、今さらこんなに大ごとのように尋ねてくるのかがわからない。しかも、なんかちょっとにやけているようにも見える。
「まぁ、話したといえば話したけど」
そう言いながら手元のコーヒーを啜る。最近研究発表会や論文の提出期限が迫っていることもあり、恭介はいつにも増して多忙そうだ。そうは言っても、恭介自身の研究の進度は相変わらず計算され尽くしたスケジュールのレールから逸れることはない。周囲の救援要請や相談事が増えるだけだ。そしてあの面倒見のよい友人は、大抵の場合嫌な顔一つせずにそういった「お願い事」に忙殺される。
それがわかっているから、ただでさえ恭介に心配を掛けがちなおれはなるべく大人しくしているつもりだったのだが、そうは言っても頑張りすぎていないかはやはり心配で、たしか
「話したの!?」
「え、いや……何を想定してんのかわからないけど、別に普通の話だよ。お互いの研究の進み具合とか、天気の話とか、学食のメニューの話とか」
「はぁ~、そういうこと……。いつもどおりねぇ……っていうか、あんたたちよくそんなショボい話題であんなに楽しそうに盛り上がれるわね」
「
「もー、期待しちゃったじゃん。ほんと、ただの研究バカなんだから」
「期待って、何を……。研究バカについては、花村だっていい勝負だと思うけど」
「そうよ。だから、私の研究一色な日々を彩ってくれる話題を待ってたの」
花村はそう言って、自分のカップをテーブルの上に置く。いつもどおりきちんと整理されたテーブルに、最近花村が作った植物由来の香水の瓶が並んでいるのを眺めてから、おれは顔を上げた。
「よくわからんけど、花村こそなんかあったの?」
「……ん? なんで?」
「なんとなく……」
「何もないわよ。いつもどーり」
花村はそう言って、おれを安心させるようににっと笑ってみせた。
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