第31話 見えない色4 ー蘇芳sideー


「……なんで蘇芳は、こうも人の話を聞かないんだろうな」


「世の中に、聞く価値のある話って意外と少ないらしいですよ。知ってました?」


「知らん! っていうか、おれの話は聞く価値がないってことか!?」


「聞く価値がないというか、聞く前から内容が予想できるというか」


そう言いながら、机の上に所狭しと並べられた、色も大きさもばらばらな食器を適当に重ねて立ち上がる。この部屋に人(じゃないけど)を呼んで食事を振舞うことは想定していなかったので、客用の食器なんて置いていなかったのだ。彩さんは立ち上がったおれを見上げて、呆れたように小さくため息をついた。


「…………もういいよ。ごちそうさまでした」


そう言って手を合わせる。こういうところは本当に律儀だ。なんだかんだと言いながら、結局はこうしておれの家に上がり込み、おれの作った飯をすこぶる美味そうに食った。いつかのように目を輝かせながら、「美味い」と大したアドバイスにも参考にもならない感想を零しながら完食した彩さんの顔色は、微かに色が差して輪郭がはっきりしたように見えなくもない。


「今さらですけど、彩さんって肉食獣ですか?」


「に、にくしょくじゅう?」


ぎょっとしたような表情で、彩さんはおれを眺めて妙なアクセントで聞き返す。先日初めて目にしたこの人のあやかしの姿は、純白の巨大な狼。どう見ても獰猛な肉食獣っぽい姿ではあったが、人間の姿のこの人といえば、夏バテで食欲がないとふにゃふにゃしていたり、パステルカラーのチョコレートや飴を白衣のポケットに潜ませていたり、中毒のように毎日おんなじコーヒーを飲んでいたり。たまに食堂で飯を食っているかと思えば、だいたいが素うどんかカレーライスだ。さすがに家にまで呼んだのは初めてだが、おれのバイト先であるレストランで食わせたときには普通に肉も魚も食っていた気もするし、よくわからん方向に謎な生態だと思いながらなんとなく尋ねてみた。


「いや……通常何を食って生きてるのかと」


「…………おまえって、ほんと物怖じしないよな……。肝が据わってるというより、もはや恐怖を司る神経とかちゃんと繋がってんのか、心配になるレベルだぞ」


「失礼な。彩さんが迫力も緊張感も持ち合わせていないのが悪いんでしょう。責任転嫁しないでください」


「……おれが悪いわけないだろうが」


脱力したような妙な表情でそう呟いた彩さんは、さして広くもないおれの部屋のリビングにふわりと視線を彷徨わせる。開け放した窓からは、微かに体感温度の下がった心地のよい風が滑るように入り込み、シンプルなモノトーンのカーテンを揺らした。


「…………おれは、毎日飯を食わなくても生きていける。まぁ、腹は減るけど」


そう言いながら、うっすらと差し込む光を辿るように外の闇に目を向ける。その場所からは見えないはずだが、おそらく夜空に浮かんだ月を見上げたのだろう。


「省エネタイプの雑食ってことですね」


どこか遠くを見るような表情の意味には気づかないフリをして、わざとそっけなく言うと、彩さんはこちらに視線を戻して苦笑した。


「どう聞いたらそういう結論になるんだよ……」


小さな呟きは、どこかホッとしたような温度で響く。肉食だろうが草食だろうが、飯を食う必要があろうがなかろうが、好きなものを食えばいいしここにだってまた来ればいい。そう言う代わりに熱いコーヒーを淹れて、そのへんにあった適当な湯飲みに注いでリビングに戻った。

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