第26話 偽りの金色11

『――明誉の、名のもとに命ず』


地を震わすような声が響く。慣れないけれど、それはたしかにおれの声だった。蘇芳に引っ張られ、結局丸め込まれている、そんなところも「御影彩人」でいるときのおれと同じだ。情けないんだか可笑しいんだかよくわからないけれど、微かに身体が軽くなる気がした。


『汝の魂の色、燦然たる陽光、誇り高き王者の金色こんじきを現せ!』


この髪の色は、自分の「色」を持たない妖であるおれに、明誉が与えてくれた唯一の色彩。おれが憧れ、渇望した……誰の記憶にも残ることができる、堂々たる輝きを放つ色だ。けれどこの色を背負う向日葵の花が、まっすぐに太陽に向かって伸びるために、どれほど強く地に根を張るか、どれほど健気に陽光ひかりを探すか、おれは本当に知っていただろうか。この色をいつもどこか頼りなく見せていたのは、もしかしたら、それを纏っていたおれ自身だったのかもしれない。


蘇芳の手の中でかたりと揺れた透明の瓶の蓋が外れ、透明なオイルの中に閉じ込められた向日葵の花が揺れる。自然の中で咲いている姿と比べると決して生き生きとしているとは言えないが、それでも確かなエネルギーが花弁から滲み出し、黄金色の色彩となってゆらりと宙に浮かび上がった。


「上出来です。……じゃあ、もう一息頑張ってくださいよ、彩さん」


蘇芳が筆を構え、にやりと口角を上げておれを見る。何を、と聞き返す間もなく、蘇芳の持つ真紅の筆の穂先がこちらに向けられた。


『……え……?』


いつも、少しの距離を挟んで眺めていた蘇芳のダイナミックな動きが、視界を覆う。鋭い迫力に思考を奪われ、その意味を理解するのに少し時間が掛かった。……蘇芳は、おれの周囲の空間に向かって「絵」を描いている。


不意に、身体中にたぎるような熱を感じた。


『ぅわ……なんだ、これ』


蘇芳がおれの輪郭をなぞるように筆を運んだところから、真っ白な身体が金色こんじきに燃えるように染められていく。同時に湧き上がる、血を染め変えるような熱気。突然起こった謎の現象にあからさまにうろたえるおれを見て、蘇芳は可笑しそうに表情を緩めた。


「そんな姿になってまでおれに遊ばれてくれるとは、さすが彩さんですね。けど、今くらいは堂々としておいてくださいよ。せっかくの百獣の王の威厳、台無しになりますよ」


『ひゃくじゅうの、おう?』


「『自然が見せてくれる姿は、獅子の尾ほどのものでしかないけれど、獅子もまた、自分のすべてを見渡すことはできない』……彩さんの背負う『色』の意味を、教えてあげます」


どこかで聴いたことのある、懐かしい詩のような言葉を口ずさみ、蘇芳は手を伸ばしておれの身体を撫でた。見慣れない立派なたてがみが、蘇芳の綺麗な指先になぞられていつか見た金色の稲穂がつくる波のように複雑な影を描きだす。


「じゃあ、頑張って」


おれを見上げてにやりと口角を上げた蘇芳がそう言った瞬間、力を溜めるように佇んでいた色喰いが、禍々しい妖力を放つ。どろりと濁った墨の塊のようないびつな球体を視界に捉え、考えるよりも先に身体が動いた。


太く鋭い爪が、放たれた妖力を鋭く切り裂く。引き裂かれた球体からは黒い破片のような影が飛び散るが、おれの身体を覆う金色に触れると、光に溶かされるように宙に消えていった。


周囲の「色」をたらふく呑み込んだ、重そうな身体をたじろがせた色喰いに向かって跳びかかる。あたりを揺るがすような咆哮を上げ、前脚でその影のような姿を柔らかな大地に叩きつけた。尖った長い牙で食らいつくと、色喰いの姿は一瞬で黒い靄となってあたりに漂い、樹々を揺らす風に吹かれて消えていった。

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