第27話 偽りの金色12
青々と茂った草葉の陰から、色喰いに取り込まれていたさまざまな色が滲み出し、ゆったりと
「…………ありがとう」
「わかりましたか? あなたの『白』は、すべての色を輝かせる。どの色でもあり、どの色にも染められない……特別な色です」
「……似たようなことを、言うんだな」
あの人の、柔和でどこまでも人を安心させるあの笑顔とはまったく違う、鋭さを隠しもしない表情で、おれが渇望したその響きをくれる。おれよりもよっぽど底知れない人間と向き合ってるなと思ったら可笑しくなった。
「……おれ、蘇芳に会えてよかったな」
自然に零れた言葉だ。最後くらい穏やかな笑顔でも見せてくれるだろうかと思った蘇芳は、なかなかの迫力の形相で訝し気に眉をひそめた。
「……は? ナニ感動の別れフラグ立てようとしてるんですか。そういうつもりならコレは返しません」
差し出した筆を、おれの指先からひょいと引き込め、煽るように高々と掲げて揺らしながら蘇芳は不機嫌な声で言う。おれは面食らって目を瞬いた。
「……いや、だって……え、蘇芳、もしかしておれの正体わからなかった……?」
「…………バカにしてんですか」
蘇芳はおれが手を伸ばしてぎりぎり届かない位置まで掲げた筆を器用にくるりと回しながら、呆れたように言う。その視線がいつもどおりすぎて、わけがわからなかった。蘇芳は掲げていた筆を降ろすと、ふぅと小さくため息をついて、正面からおれを見返した。
「おれが彩さんの正体を知ったからって、どうしてあなたが
「……つる……? おれは、つるじゃなくて
混乱したまま言いかけると、鋭い手刀が額に降って来た。
「……痛…っ! なんなんだよ!」
「アホな返しするからでしょう。おれは何者にも容赦はしません」
「…………でも、やっぱりおれは……」
じんじんと痺れる額のせいにして俯くと、頭上から蘇芳のため息まじりの声が降ってくる。
「……正直に言えばね、彩さん」
「…………」
「おれは、あなたのことを最初からまともな人間だなんて思っていません」
思いも寄らない言葉に、おれは弾かれたように顔を上げた。
「どういうことだよ……まさか、もっと前から気づいて……?」
「いえ、そういうことじゃなく」
「……?」
「そもそも、変な人だと思ってました」
「…………は?」
「だから、そんな変わりませんよ。『変な人』から、『変な生き物』になっただけでしょ。大括りで見れば、一緒です」
「……『変』言いすぎだろ……っていうか、そんな簡単な話なはずない……」
蘇芳の、おれを見る視線がいつもと変わらないことが信じられなかった。嬉しいのに、信じたいのに、おれの身体に染みついた記憶の重みが、必死に上げようとする顔をまた俯かせる。蘇芳は一歩おれに近づき、少し屈んでおれの表情を覗き込んだ。
「どうして、そう思うんです?」
「…………ずっと、そうだったから」
「ずっと?」
「…………おれは、
生まれたときから家族はなかった。けれど、おれのような存在が生まれたということは、ふたつの世界が交わっていた時はたしかにあったのだ。でも、それは遠い遠い昔のこと。自然の恵みと脅威、神の力、精霊や妖の存在……かつて人間は、そういうものを受け容れて生きていた。自分たちの目には見えない、自分たちとは違う、説明のつかないものを、「そういうもの」として受け容れて。けれど、知恵と力を手に入れて、人間は変わった。
自分たちに解明できない、説明できないものは脅威と感じるように。自分たちと違うものは不快に感じるように。その感覚は、人間と、人間以外の世界を冷酷に分断した。
おれはどちら側にも立てなかった。妖から見ればおれは妖怪を排除する憎き「人間」で、人間から見れば気味の悪い「妖怪」だった。だからいつも、自分の半分を殺しながら生きてきた。
そんなことを何も知らない蘇芳は、じっとおれを眺める。それから、大きな掌をおれの頭に置いた。
「…………でも、あなたは人間が好きなんですね」
「……悪いか」
こんなに勝手な生き物はいないと思うのに、それでも惹きつけられる。醜い感情を持っているのに、それでも必死に誰かを想える「人」の姿に、おれは惹かれ、ここで生きることを決めた。
「悪いなんて言ってません。好きで……信じたかったんでしょう?」
「…………っ………」
おれの渡ってきた時間の長さも、いつもどこかに抱えていた鈍い痛みも、何も知らないくせに、蘇芳の声は迷いなく踏み込んでくる。そして、馬鹿みたいに温かく沁み込む。おれが纏うことを許された、唯一の彩り……薄ぼけた金色の髪をくしゃりと掻いた掌が、そっと頭を撫でた。
「よかったですね。おれみたいな、『変な人間』に出会えて」
咄嗟に顔を上げると、蘇芳はにっと笑った。
―今まで、よく頑張りましたね。
そんな風に言われた気がして、全身の力が抜けた。蘇芳が纏う、艶やかな黒が滲む。おれが選んだ景色にちりばめられた、無数の色彩が滲む。目元に上る熱で溶け合って、視界を好き勝手に染めていく。目の前一杯に広がる出来損ないの水彩画みたいな、その色とりどりの光景がものすごく鮮やかで美しいから、おれは黙って頷いた。
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