第51話 親子喧嘩


「それでゆずちゃんに私を殺すように依頼が来たってこと。まさかお父さんまでたどり着くとは思ってなかったけど」


「……え、え?」


 ちょっと待って、頭が追いつかない。ぜんっぜんピンと来ない。


 というかあの時すれ違ったのは彩乃さんだったの!


 ……いや確かに思い出してみればそうだ。


 今の大人な雰囲気の彩乃さんだ。雰囲気が違いすぎて分からなかった。


 でも……それが本当なら。


「霧雨は?朧は?あれはなんだったの?」


 私に依頼をしたのが彩乃さんと黒川崇による自作自演だとしたら霧雨や朧が彩乃さんを狙ったことの辻褄が合わなくなる。ナットちゃんは……組織が勝手に増員しただけだから分からなくは無いけど。


「霧雨は……こちらとしても想定外だった。彼はまた別の依頼者……黒川会を恨む組織による依頼だった。黒川彩乃を誘拐しろ、というね。だから危険だと言ったろ?彩乃」


「結果的に助かったからいいじゃん」


「……朧は?」


「申し訳ないがそれは正真正銘、私が依頼した。もっとも、朧には彩乃を誘拐しろ、とまでしか言ってなかったがな」


 ……だから椎菜ちゃんに成りすますなんて回りくどいことをしたのか。殺すだけなら客席からだって良かったはずだからね。


 ……ってか。


「なんで朧に依頼してんの!?」


 すぐに矛盾するな!心配なのに朧に依頼しないでよ!?


「シトラス、君のテスト的なことだよ。朧から彩乃を守ることが出来たらもう他に敵はいないだろ?だから安心して娘を任せられる。それに、仮にライブが失敗に終わったら彩乃にはアイドルを辞めてもらう予定だった。私からしたら最適な選択だったと思うが?」


 ……やっぱり腐っても悪童は悪童だった。


「ははは、朧って人に依頼してたことは私は知らなかったんだけどさ。ごめんね〜」


 彩乃さんは手を合わせて申し訳なさそうに謝る。


 可愛いから許す!なんて言えない現状なんだよねえ。


 そういえば、彩乃さんに依頼者について訪ねたらどこか後ろめたい顔をしていた気がする。

 そのシナリオ知ってたらそりゃ後ろめたいわ。


「要は、私にお願いされたお父さんがゆずちゃんに依頼をしたの。……怒った?」


「怒ったに決まってます。なんですかこの茶番は」


 茶番がすぎる。

 彩乃さんが殺されちゃうと思って必死になっていたのに箱を開けてみればこんな茶番だった。

 ただの親子喧嘩に巻き込まれていただけじゃないか。


 ……ってか!!!


 朧が言ってた闇が深い〜的な言葉にも腹が立ってきた。確かに実親から依頼された事実だけ切り取れば闇は深い。深いけど……


 やってること親子喧嘩じゃん……!!!


 ほんっとに。利用されていたみたいでいい気はしない。


「いい気はしない、しないに決まってるじゃないですか……」


 ……でも、でもなぁ。


「過程はどうであれ、私に居場所をくれたのは彩乃さんなんです。そこに恨む理由はありません」


 結果的に今が最高に楽しいんだよね。彩乃さんがいなければForceに入ることは無かった、というのは紛れもない事実。


 これは、あそこで私が、「人生楽しい?」という質問に「楽しいわけないです」と答えたからこそ始まった物語だ。


 もし私が殺し屋の自分が大好きで、現状維持を望んでいたのならきっと彼女は私に依頼をすることは無かった。


 利用された、とはいえそこには彼女のお節介が含まれている。


「じゃあ、こんな自分だけど、一緒にForceとして活動してくれる?」


「その前に、……もう、答えは出ました。あの時の答え」


 それは私がアイドルを目指すと決意した夜。あの時はまだ自分がなんのためにアイドルを志すのか、答えは出ていなかった。


「自分の居場所を守るために。アイドルをします」


 彩乃さんだけじゃない。椎菜ちゃんに三期生の皆、先輩たち。気づいたらForceという居場所が大好きになっていた。


 だから私はその居場所を守るために、アイドルをする。


「うん。よろしくね」


 彩乃さんはやっぱり満面の笑みをしていた。


「こちらこそ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る