第49話 黒川崇
「崇さん、連れてきました」
「ご苦労。入れ」
「はっ」
両手開きの大きなドアからは異様な雰囲気が漂っていた。
「こんにちは。シトラス」
「……こんにちは。黒川さん」
実年齢は五十代らしいが、三十代と言われても納得してしまう若さ。服越しからもわかる鍛え抜かれた肉体。見た目からも彼がやり手だということが伝わってくる。
「要件は何かな……?なんて、聞く必要も無いかね。ひとつしかないだろう」
分かっているのならば話ははやい。
「彩乃さんの暗殺依頼をしたのはあなたですね」
それを聞いて黒川崇はニヤリと口角を上げる。
「はは、よく分かったじゃあないか」
……やっぱり。
ここまで辿り着いた時点で確信はしていたけれど、それまでは半信半疑だった。
彩乃さん暗殺の依頼主は実親の黒川崇だった。
『お前が思っている以上に闇は深い。例えば黒川暗殺の依頼主だって……人の心を疑ったさ』
朧の言葉を思い出す。
悔しいけどこの真相にたどり着いたのはこの言葉とナットちゃんの伝言のおかげだ。
確かに、それなら闇は深い。
彩乃さんを狙って殺し屋に依頼をしていた人物。それは実の親である黒川崇だった。
「依頼をとりさげてください」
「断ったら?」
「黒川会を壊滅させます」
殺気を全開にした瞬間、後ろにいた男たち五人が私に銃を向ける。
「殺気を出すなって言ったよな」
「花見さん、皆さん、銃をよく見てください。ほんとに撃てますか?」
私はそう言いながら手のひらに隠していた銃弾を見せつけるようにその場に落とす。
「「なっ!」」
男たちは慌てて自分たちの銃を確認する。
「バカお前ら!罠だ!」
「なーんてね♡」
その隙に私は一瞬で五人に手刀を打ち込み無力化する。
当然、こんな動きをされたら自分の銃弾が抜かれたのではないかと錯覚するよねぇ。私が元々銃弾を持っていただけなのに。
「戦う気はありません。殺気は許して?」
「っち」
「花見、下がりなさい」
「……分かり、ました」
部屋には私と黒川崇の二人が残された。
「やるじゃないか。それでなんだって?黒川会を壊滅させる?」
「不可能だとは思いませんけど?」
「……ふっ、ははは!言うじゃないか。実の親が娘を殺そうとしているのに理由は聞かないのかい?」
彩乃さんがアイドルであることを嫌っているというヒントさえあれば、殺す理由にある程度想像はついている。
だけどそれがどういうものだったとしても。
「彩乃さんを狙うなら許さない。それだけです」
「ふふふ、そうか。愛されてるんだな」
「……え?」
優しく笑う顔からは娘を誇りに思う気持ちが感じ取れた。
……なんで。
娘を殺そうとしているのに、娘を褒められて喜んでいるの。
男は深く椅子に座りこんで私に座るように促す。これは話が長くなることを暗に示している。私は座らずにその場に留まる。
「私が彩乃を狙っているのは単純だ。それは『カリスマ性』を上げるためだ」
「カリ、スマ?」
「裏社会で逆らうものが居ないほど絶対的地位に到達する。そのために……表向きで輝くアイドルの娘は闇を支配する私には邪魔だ」
「……それで話は終わりですか」
くっだらない。
聞くに絶えない言葉だ。カリスマだとか邪魔だとか。そんなもののためだけに彩乃さんは狙われたっていうの?それも実親に。
「いやいや、最後まで聞きたまえ。ここで
私が黒川会に入れば確かに黒川会の勢力は大きくなり、私を手駒にした黒川崇のカリスマ性も上がるかもしれない。だけど。
「断ります。交渉は決裂ですか」
それは絶対にできない。これは私がいた組織に対する義理もあるし、ここで黒川会に入ったところで根本的な解決にはならない。でも、それ以上に私は。私は……
「即答だな。彩乃を守りたいんじゃなかったのか?」
「……彩乃さんのことは私の命に変えても守り抜きます。それは私の信念です。でもそれと同じくらい……」
ここ一ヶ月で理解したこと。彩乃さんを守る。そんなのは大前提で。
「彩乃さんと同じくらい、Forceのみんなと、三期生のみんなと、一緒にいる今の居場所を失いたくないんです」
「……なかなか欲張りじゃないか」
「アイドルは欲張りなんで」
ニコッと笑って臨戦態勢に入ろうとしたその時。
ドアの外からドタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
ほどなくしてノックもなしにドアが開かれる。
「ゆずちゃん!」
……え。
そこに入ってきたのは紛れもなく彩乃さんだった。
だけど少し雰囲気が違う。
髪型はいつものセミロングをポニーテールで結んでいた。洋服も黒で統一していて全体的に大人びた雰囲気だった。
始めてみる姿。アイドルの彩乃さんではなく、ダークなお嬢様な彩乃さん。
可愛い。……じゃなくて。
でも……この姿、どこかで。
「ゆずちゃん!戦っちゃダメ!お父さんも!」
戦っちゃダメって。
それに、彩乃さんの崇に対する態度はそこまで険悪なようにも見えない。
……むしろ普通の仲のいい親子のような。
「お父さん、無事ライブが終わったんだから戦う必要なんてどこにもないでしょ!」
「ふふふ……からかってみただけさ。試してみた、とも言えるかな。彼女は本当に彩乃を守れるのか、と」
ライブが終わったから戦う必要が無い……?
話が全く見えてこない。
「守ってくれたでしょ。これでアイドルを認めてね!」
「約束、だからな。いいだろう。だが……こんなところで話してよかったのかな」
「……あ」
彩乃さんは私の存在を忘れていたかのようにハッとすると恐る恐る私の方を向く。
「全部、説明してください」
「……うん。ゆずちゃんには知る権利があるからね」
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