第47話 神奈川公演 ENCORE
ライブも終わって、解散したあと、私は一人で神奈川球場近くにあるビルの屋上に続く階段を登っていた。
当然、立ち入り禁止のエリアだけど、まぁそこは手癖でちょちょいとね?
重く閉ざされた扉を開けると風が勢いよく吹いてくる。
そして、風の向こうには。やっぱりいた。
「やっほー、ナットちゃん」
「やっぱり、来た」
ライフルを担ぎながらナットちゃんは屋上の縁に座っていた。
「お礼、言っとこうと思って」
「そんなのいい。お互い利害の一致だから」
利害の一致、それは分かっている、分かっているけれどお礼を言わない訳にはいかなかった。
「でも、ライブ終わってから結構経つのに待っててくれたんだ」
「シトラスなら来ると思って」
全く根拠の無い予想だったけど、私もなんとなくここにナットちゃんがいると思ってここまで来たから人のことは言えない。
「で、私を待ってたってことは何か言いたいことでもあるの?」
「言いたいことは無いよ、でも、あの時のリベンジさせて欲しい」
……あー、そういう事ね。ナットちゃんって意外と戦闘狂なのかも。
体はもういっぱいいっぱい。だけどナットちゃんに挑まれたなら断る訳にはいかない。
「いいよ、かかってきな」
「遠慮、なく!」
□□□
「つ、よすぎでしょ」
「へへへ、ありがと」
三分にも満たない戦いは何とか、私がナットちゃんを押し倒すことで勝利した。
「ライブもして、朧と戦って。満身創痍なのに。化け物ですか」
「だから、私だって化け物って言われたら傷つくんだからね?」
私もいよいよアドレナリンが切れたのか、ナットちゃんの横にドサッと倒れる。
「そういえばさ、彩乃さん暗殺の依頼主について知ってる?」
ナットちゃんに会いに来たのは、お礼を言いたいのが九割くらいだったが残り一割はこれを聞きたかったからだ。戦いが終わってもなお朧の言葉が引っかかっていた。
まぁ知ってるわけ無いんだろうけど……
「依頼主ですか……知るわけないって言いたいんですけどねぇ」
「え、知ってるの!?」
「ボスからは『シトラスが朧を撃退したら見返りとしてヒントくらいの情報を与えてもいい』と言われています。その情報は今私が預かってます」
ほんっと、変なところでボスは真面目なんだから。でも今はその真面目なところがありがたい。
「教えて……くれる?」
「はい。預かったのはこうです。『依頼者は黒川彩乃がアイドルであることに不都合を感じる人物』だそうです」
彩乃さんがアイドルであることに不都合を感じる人物……?
元々、彩乃さんの親、黒川
そして今、アイドルであることが気に食わない人が犯人だ、という情報が出てきた。
女の子が彩乃さんの人気に嫉妬したとか……?
いや、前提として一般人は朧ほど有能な人に暗殺依頼を出すことは出来ないはず。
なら……
あ。
今まで与えられた情報からおぼろげに依頼主の姿が思い浮かんだ。
その人が犯人なら辻褄が合う。
「なるほど……うん。ありがとうナットちゃん。何となくわかった気がする」
「良かったです」
「……」
「……」
特にその後はあまり会話もなく二人でその場に倒れながら夜空を見つめる。
カシオペヤ座がはっきりと見えるほど星が綺麗に浮かんでいたけど、あの時ステージから見た満点のペンライトの光には叶わない。
「そういえば、アイドル、なったんですね」
「うん、色々あったけどね」
「かっこよかったです」
……え?
疲労を無視して思わず起き上がる。
「え?なになに?もっかい言って!聞こえなかった!」
「あーもう!うるさい!もう二度と言うか!!」
「かっこよかったって??」
「聞こえてんじゃん!!」
ナットちゃんからそんな言葉が聞けるとは思ってなかった。
「あ!そうだ!ナットちゃんも殺し屋辞めてアイドルやろうよ!」
「誰がやるかぁーーー!!!」
こうして長い長い十月二十日が終わったのであった。
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