第46話 神奈川公演⑧
「みんな!お疲れ様!」
ライブが終わってから五分後。お客さんたちが規制退場をしている中、ライブTシャツに身を包んだ私たちはバックヤードに集まっていた。中心にいるのは彩乃さんだ。
「いやー、色々あったけど何とか最高のライブにすることが出来ました!」
ホントに、色々あった。
「3期生のみんなはどうだった?初めてのライブ、じゃあ……代表してゆずちゃん!」
彩乃さんは私の回答が分かっているようで、やけにニヤニヤしながら私に聞く。
だから、少しだけ意地悪をしてやろう。
「疲れました……」
「……あー!やっぱり、初めてのライブだったもんね!」
予想していなかった回答だったようで、少しだけ戸惑いが見えた。
これは、ホントのこと。色々ありすぎた。色々ありすぎてすごく、疲れた。正直今はアドレナリンが出てるから動けてるけど多分アドレナリンが切れたらその場にぶっ倒れる気がする。
「でも……」
でも、やっぱりそれ以上に。
「すっごく楽しかったです!」
私の答えに3期生のみんなはうんうん、と頷く。
アイドルじゃないと絶対に見ることが出来ないであろうステージからのあの景色。私のことを推してくれているファンの存在、私たちで作り上げたパフォーマンス。
そのどれもが新鮮で、最高のものだった。
そしてなにより、自分の輝きを実感できた。
彩乃さんの眩しさには全く届かないけれど、ステージの上で、私も少しは輝けたんじゃないかな、なんて思う。
「椎菜ちゃんは?」
「はい、私も最高に楽しかったです。Forceに入ってよかったな、って心の底から思いました」
「ふふ、良かった。椎菜ちゃん、かっこよかったよ」
「!!あ、ありがとうございます!!」
憧れの存在に褒められてすごく顔が赤くなってた。可愛い。
「と、いうわけで!これにてForce全国ツアーは終演です!!みんな!お疲れ様でした!」
「「お疲れ様でした!」」
こうして私たちの初めてのライブは幕を閉じたのだった。
ハッピーエンド、って言いたいところだったけどまだ気になることが残っている。
「彩乃さん、少しいいですか?」
Forceの皆は学校の休み時間のように自由にケータリングの食べ物を食べていた。
そんな中、少し外れた通路の裏、皆からは死角になるような場所でひっそりと彩乃さんは水を飲んでいた。
「うん、どうしたの?」
まるで、私が話しかけることが分かっていたかのようなポジショニングだ。
「なんで、あの時、時間を稼いでくれたんですか」
私と朧の戦いは人知れず行われていた。当然彩乃さんも私たちが戦っていたことを知らないはず。それなのに、なんであの時時間を稼いでくれたのか、そして椎菜ちゃんはなんであそこに立っていたのか。
「うーんと、それはね、シンプルなんだけどさ、少し裏でスタッフさんがざわついてたから。で、ライブ前にゆずちゃんが言ってたこと思い出して。なんかあったんだなって。だからせめて時間を稼ごうって思っただけ」
「じゃ、じゃあなんで椎菜ちゃんはあそこにいたんですか?」
朧の話だと椎菜ちゃんは楽屋のロッカーに閉じ込められていたはず。
「それは」
「俺が説明しよう」
「っ!」
話に割ってきたのは春風さんだった。
「お疲れ様です春風さん」
「ういおつかれー、ライブ良かったぞ黒川」
「ありがとうございます!」
「山月も。よく頑張った」
「あ、ありがとうございます」
あまり褒める印象のない春風さんから褒められるとそれがお世辞じゃないことが分かるから嬉しい。
……ってそうじゃなくて
「なんで椎菜ちゃんは――」
「パフォーマンスが違った」
春風さんは即答する。
「全く別人のパフォーマンスだったからね。だから誰かが成りすましてるんじゃないかって。調子悪いとかじゃ説明つかないくらい」
確かに、朧が椎菜ちゃんになりすましてる時、パフォーマンスには違和感があった。でもその違和感の正体にはは結局最後まで気づけなかった。だから、春風さんの目は、ホントにすごい。
「黒川の事情はなんとなく聞いてたからな。だからスタッフ総出で探させた」
う、裏でそんなことがあったとは。
……って、え?
「彩乃さんの事情、知ってたんですか?」
「勿論」
彩乃さんは少しこそばゆいように頬をかく。
「春風さんにだけはね。それでもForceとして活動させてもらってる。感謝しかないよ」
「……てことは、私のことも」
「あー言わなくていい。山月がアイドルとして才能があることは確かだから。それ以外なにも説明はいらない」
……春風さんには頭が上がらない。
「じゃあお疲れ。ゆっくり休めよ」
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様でした!」
こうして颯爽と去っていく春風さんはすごくかっこよかった。かっこよかったのだけど……
やっぱりなんだか気に食わないな。
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