第26話 Force三期生合格発表


「うわ、すごい」


 会場に入った瞬間空気が変わったのが分かった。任務の時とも、二次オーディションの時とも違う、張り詰めたような緊張感だった。


 広い宴会場には多くのスタッフが持ち場についていたが、それ以上に目立つ存在があった。私たち以外のオーディション通過者だ。

 通過者は私たちを入れないで7人。


 黒髪ロングで鋭い目をした子から茶髪でふんわりとボブにした緩そうな女の子まで、十人十色。その一人一人がここまで勝ち進んできたことを納得させる容姿を持っていた。

 既に九人まで絞られていることや、定員が何人か、ということは明かされていないことから、ここにいる全員が合格、ということも大いにあるだろう。


「今から……ここで人生が変わるんだよね」


 椎菜ちゃんも緊張で心ここにあらずだった。


 Forceに合格するかしないか。この会場は間違いなく人生の分かれ道になっている。


 合格がわかっている私にも緊張感が移ってくる。大丈夫……大丈夫。春風さんが合格って言ってたから……ってあれ?


 あの人のこと信用してよかったんだっけ。確か二次オーディションの時も一回落とされてから合格を貰ったような……


 うん!考えないようにしよう。


『それでは最終審査、合格発表を行います。皆様所定の席にお座りしてお待ちください』


 いよいよ、だ。マイクを持って進行をしているのは私達の二次オーディションを担当した女性だった。


『本日はお集まり頂きありがとうございます。司会を務めさせていただく水引咲みずひき さきです』


 報道陣に向けて前置きが始まった。緊張で胸が張り裂けそうな志望者達の耳には全く入ってこないだろう。


『それでは合格発表をしたいと思います。総勢、98431人の応募から勝ち抜いた人たちです。呼ばれた方は正面ステージへとお越しください』


 いよいよ、始まる。私の番号は87842。番号的に呼ばれるのは最後だ。


『6414 結城紫葡ゆうき しほ


『21115 高崎葵たかさき あおい


『21116 齋藤小春さいとう こはる


『55785 田村杏紗たむら あずさ


 名前を呼ばれた人たちは大きくリアクションはせず、はい、と返事だけをしてステージへと向かう。喜びからか目尻にうっすりと涙が浮かんでいた子もいた。


『60983 藤澤美瞳ふじさわ みと


『66666 宮凪幸音みやなぎ ゆきね


『77234 津田つだあかね』




『85362 佐野椎菜』


 ――!


「はいっ!」


 椎菜ちゃんが呼ばれた。


 椎菜ちゃんはステージに向かいながら私にこっそりと指でグッドマークを作る。


 ……おめでとう。本当におめでとう。


 あとは私が呼ばれるのを待つだけ。


『87842 山月柚乃』


「……はい」


 ……ほっとした。よかった。これで黒川さんと同じ舞台に立てる。


私を見てにっこりと笑顔を向けている椎菜ちゃんにグッドマークを作って返す。


 結局、最終審査まで残った人は全員合格、という結果だった。


『以上がForce三期生となります。皆様応援のほどよろしくお願いいたします』


 スタッフから割れんばかりの拍手が送られる。


 正直このステージにたってなお、実感は全くわかなかった。1ヶ月前まで殺し屋をしていた私が今ではアイドルのスタート地点に立っている。


『そして、本日は他にも情報がございます』


 ――ん?


 他の情報?なんだろう、全く聞かされていない。

 どうやら知らなかったのは私だけじゃないらしく、ステージにいる女の子たちも揃ってぽかんとしていた。


『ただいま発表致しました三期生。彼女たちの楽曲及び、MV制作が決まりした』


 ――え?


 ステージはさらに騒然とする。

 どうやらスタッフ達はそれを知っていたようで、特に驚いた様子はなく、ザワついているのは私たちだけだった。


 私、達の楽、曲?MV??


 しかし、私たちの驚きはそこでは止まらなかった。


『――そして、只今よりセンターの発表をいたします』


「え」


ついさっき合格したばかりの三期生全員が話においていかれていた。


『三期生楽曲『昨日とは違う明日』、センター――』



『――佐野椎菜』



「え!?」


 一番声を上げたのは椎菜ちゃんだった。椎菜ちゃんが、センター。

 話にはついていけない。ついていけないけど。

 そこに嫉妬という感情はなく、ただただおめでとう、という気持ちだった。


『それでは、佐野さん。ひとことお願いします』


 司会の女は混乱している椎菜ちゃんにマイクを渡す。「アイドルならこのくらい喋れて当然だよね?」という無言の圧。


『こ、こんにちは佐野椎菜です。今回はセンターに選んでいただきありがとうございます。頭は追いついていないですが、与えられたポジションを最後までやり切りたいと思います』


 ――すごい。まだ困惑しているはずなのに、しっかりと自分の言葉で話せている。自分の合格が分かってからまだ一分も経っていないのに。

 そういうところがセンターに選ばれた所以なのかな、なんて思ってしまう。


『ありがとうごさいました。では、Force総合プロデューサーの春風颯馬から挨拶があります』


 もはや私たちに驚く隙すら与えず進行していく。水引が指をパチンと鳴らすと、後ろの扉が開いて光が射し込む。そして、その光と共に男の影が現れる。


 春風さん……彼を見るのは二次オーディション以来だった。


『会うのはオーディション以来か。ひとまず合格おめでとう』


 口ぶりからして私以外のメンバー全員も春風と対面していたようだ。


『だが慢心するなよ。デビューまでの一ヶ月、現Forthメンバーに追いつくだけの努力をしてもらう。当然今のまんまだと、ステージに出てファンを魅了するなんて出来ないしな』


 明かされなかったデビュー日すらもあっさりと伝えられる。


『以上だ』


 言いたいことだけを言うと、マイクの電源を切ってすぐに出口に向かう。


『っちょ、春風さん!大事なこと言ってない!』

『ん?――あ、言い忘れてた。お前ら明日から三泊四日で合宿な』


 ――え。


「「「えーーー!??」」」


 Force三期生の息が初めて揃った瞬間だった。

こうして波乱の合格発表は幕を閉じ、私たちはForth三期生として新たに歩き始めた。

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