第2章 館山合宿

第27話 ダンスレッスン

 千葉県館山市。千葉の一番下に位置する自然豊かな街。さざ波の音が絶えず聞こえてくる海沿いの宿泊施設に私たちは集められていた。都会の喧騒とはかけ離れたのどかな場所だった。

 事前に合格発表の翌日から四日間ほどスケジュールは開けておけ、ということは言われていたけど、まさかいきなり合宿が入ってくるとは思いもしなかった。


「はい、皆さんこんにちは。合宿を担当します館山 海帆みほです、よろしくお願いします」


 ――苗字も館山なんだ。


 そんなどうでもいいことを心の中でツッコむ。館山さん以外にもスタッフが三十人ほど施設に集まっていた。


「さて、皆さんにはこの四日間で三期生楽曲『昨日とは違う明日』を披露できるレベルになってもらいます。まずは、楽曲を聞いてもらいましょうか」


 手馴れた手つきでスマホとスピーカーを繋ぐ。


 初めて聞く、私たちの曲。Forthの曲にハズレは無い。だから楽しみに決まってる。どんな曲なんだろう。期待を胸に耳に意識を集中させる。


「――はい。どうでしたか?」


 ……かっ、


「かっこいい!」


 曲調はラストライフに似ていて、アップテンポな曲。聞いていて楽しいし、絶対ライブ映えする曲だった。


 でもこれ……


「でも、絶対ダンスムズいよね……」


 誰かが呟いたその言葉に激しく同意する。曲のテンポ速ければそれだけダンスも速くなる。


「もう、想像はついているかもしれませんが、振りは難しいです。……ですが、皆さんなら出来ると信じてます」


 難しいとはいえ、ここまで来たからにはやるしかない。


「それではまずは……班に分かれましょうか。ホワイトボードにある班分けを見て各自移動してください」


 ホワイトボードには私たちのネームプレートが貼られていた。


「あ、私たち別々だね」


どうやら私と椎菜ちゃんは別の班に振り分けられたらしい。


「そーだね、お互い頑張ろ」

「うん!」


コツン、とグータッチをしてお互い別の班へと向かう。

 田村杏紗、宮凪幸音、そして私の三人班。

 昨日顔合わせをしたばかりの二人とはまだ言葉を交わしたことがなかった。早速指定された場所に移動してみると、既に二人とも揃っていた。二人は、私に気がつくとスっと立ち上がる。


「やっほー、田村 杏紗あずさでーす、よろしく!」

「み、宮凪、幸音ゆきねです」

「山月柚乃です。よろしくお願いします」


 二人ともオーディションを通過しただけあって整った顔立ちだった。田村さんはポニーテールで少し褐色の肌をしていて、どこかやんちゃな印象を受ける。

 それに対して、身長も小さめの宮凪さんはサラサラのロングヘアーで、肌も白く綺麗だけど、どこか自信の無い表情をしていた。


「はい、分かれたかな?じゃあ今からそのメンバーに一人ずつスタッフが付くのでその人に従ってください〜」


 すぐに私たちの前にはじめて見る女性がやってきた。


「はじめまして。千葉です。あなたたちの担当をします。よろしくお願いします」


「お願いします」

「お願いしますっ!」

「よ、よろしくお願いします……」


 三者三様に返答する。


「はい、早速だけどこのグループ分け、どういうグループ分けか分かるかな?」


「うーん、誕生日順?」


 それほとんど適当じゃん。


「……名前順、とか」


 それも適当じゃん。それに、名前順ならこのグループにはならないよ。


「不正解。山月さんは?分かる?」


 合理的に考えるのならば……同じくらいの実力を持ったグループとか、一人一人の性格の相性を考えたグループとか。でも多分求められてるのはそうじゃなくて。


「新曲のフォーメション別」

「お、残念」


 違うんかい。正解のリアクションで不正解を宣告された。


「正解は〜くじ引きです」


 適当じゃん!!!


「はは、ごめんごめん。じゃあ振り入れしてこっか。まずは一番だけ踊ってみるから見ててね」


 千葉さんは一歩前に出て軽く屈伸をしてから目の前の鏡と向かい合う。


「じゃあ、見ててね」


 再び曲が流れ始めると、それに合わせて千葉さんも踊り始める。


 ……やっぱり激しい。上半身から下半身まで全身を余すことなく使っていて、重心移動も激しい。しかもAメロからサビまで休憩という休憩もない。これ……さすがに難しいな。

 踊り終わったあと千葉さんは汗ひとつかいていなかった。


「ま、こんなもんかな」


 自然と私たち三人は拍手をしていた。


「すっご!でもムズくない???」

「私……踊れる気がしない」


 どうやら二人とも私と同じ感想を抱いていたようで安心する。


「今から私が指導する時間は四時間です。あとは私の踊った動画を見ながら各自自主練、って感じだね。だからこの四時間で一通りは終わらせます……でさ、ちょっと山月ちゃん」


「はい?」

「一回、今の踊ってみて貰える?」

「ぇ」


 踊ってみて……って、え、無理無理。振りは覚えたけど、到底体が追いつかない。それになんで私だけ??


「不細工でも覚えてなくても全然いいから。ほら」


 千葉さんは私の手を無理やり引いて、鏡の前に立たせると、すぐさま曲を流す。


 あーー、もう!!


 しかたなく踊り始める。


 先程の千葉さんを頭の中で追いかける。ダンスの基礎は合格発表までの間で少しだけ学んだからオーディションの時よりはよく動けている。


「はぁっ!」


 それでも、手の動きから足の動きまで。頭に理想の動きはあるけれど体が全然追いつかない。手を伸ばすところで伸ばしきれない。足を曲げるところで曲がりきらない。首や胸は思い通り動かない。


 終始不細工な格好で踊り終えた。もう、全くダメダメな出来だった。


 こんなの見せて何が目的……って、え。


「いや〜すご。春風さんが言ったことは本当だったんだ」

「すっご!」

「すごい……」


 なぜか高評価だった。


「あ、勘違いしないでね。振りはまだまだキレが足りないよ。それに表情は全く気にしてなかったみたいだし」


 ……あ、踊るのに必死で表情まで気が回らなかった。そっか……しかも歌いながら踊らなきゃだもんね。きつーー。


「この曲はね、険しい顔と笑顔の切り替えが何度かあって、表情変化が大事な曲だから。これは他の二人とも覚えておくこと。私がすごいと思ったのはその記憶力」


「Forthの先輩でも一度振りを見ただけでそれだけ踊れる人はいない。それは誇りに思っていい。だから指先から表情まで意識して練習してね」


「あ、ありがとうございます」

「というわけで、振り入れ、してこっか!」


 こうして私たちのダンスレッスンが始まった。

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