第23話 二次オーディション⑤

 □□□


「……なんですか?」


 私は先程面接を行った男に連れられて304号室に戻ってきたところだった。女の面接官はもうどこかに移動したらしく、部屋には私と男の二人だけだった。


「いや悪い悪い。単刀直入に聞こうか。お前、ナニモンだ?」


 男は足を組みながら鋭い目付きで私を睨む。


「……ただのアイドル志望のJKですが」


 殺し屋だ、なんて言えるわけがない。しかし、男も私の解答にはさほど興味がなかったようで興味なさげにスマホをいじっていた。


「まぁ、どうでもいいや。ちょっとこの動画を見てくれ」


 男に渡されたスマホにはForceのメンバーがダンスを踊っている動画が表示されていた。

 その中心にいるのは……菊池優花。Forceの一期生メンバーだ。普段は冷たく、あっさりとした落ち着いた女の子だけど、パフォーマンスになると熱のこもった笑みで、きめ細やかなパフォーマンスをする、ギャップがたまらないメンバーだ。


 しかし、その動画には気になる点が一点あった。

「え……これは」

「そう、これはForceの次のシングル曲の練習映像だ」


 ……そう。一度も聞いたこともない曲、見たことない振り付けだったのだ。私の知らない曲、つまり新曲。


「一回しか流さないから目に焼き付けろ」


 言われなくても目に焼き付けている。

 次のシングル曲の情報は曲名どころかフォーメーションすら未だに明かされていなかった。つまりこれは……秘蔵映像中の秘蔵映像。見ていいものなのか、という判断の前に「見たい!」という欲求が勝つ。見させてくれるのならば遠慮なく見させてもらう。


「―――なんで……こんな動画を見せてくださったんですか?」


 やっぱForceはすごい。編集なし、練習着での通し動画だったが、そのクオリティは一級品だった。センターの優花ちゃんはもちろん、後ろのメンバーの指先一本一本までが綺麗に揃ったダンスだった。もちろんセンターのすぐ後ろの黒川さんのダンスも輝いていた。ここから衣装が出来て編集もされて……MV公開に期待が高まるばかりだ。


「さて、じゃあ。今の……踊ってみろ。一番だけでいいぞ」


 質問には答えずに淡々と続ける。


「え……今のをですか。誰の――」

「菊池」


 即答。意図は分からないけれど頭の中で先程の映像を再生する。優花ちゃんの表情から振り付け、指先一本一本まで頭の中にインプットする。


「わかりました。曲、流してください」

「ん」


 先程聞いたばかりの曲が流れ始めた。私はそれに合わせて先程見たばかりの振りをする。


「――っ!」


 頭の中で踊る優花ちゃんを追いかけるけど、全然追いつけない。やっぱりレベルが全然違う。それに、慣れてない筋肉を使っているのでなかなか上手く踊れない。


「はぁ……はぁ!」


 踊り終わった頃には満身創痍だった。我ながら酷い出来だった。


「うい、おつかれ。お前ナニモンだよマジで」

「……え?」


「勘違いすんな。出来はひでーよ。菊池の一%程度ってところか。だけどそれが意味わからないんだよ」


 出来が酷いのは自分でもわかってる。だから……何が意味がわからないのかが私には分からなかった。


「なんで素人が今見たばかりのダンスを真似てプロの一パーセントも実力を出せんだよ。身体能力もそうだけど記憶力お化けか?」


 男はスマホでたった今踊ったばかりの私の動画を再生する。いつの間にか撮られていたみたいだ。


「リズムガタガタだし、振りも大きく遅れてる。とはいえ振り入れもしてないのに一番をしっかりと踊りきる時点でエグイんだよ。んで、その歪なダンス。魅せるところではキレ細かい動きをするのに、要所要所で見られるダンスの基礎を全く理解していない動き、お前ダンス未経験だろ」

「――はい、そうですが……」


 ダンスは任務で変装をしてパーティーに参加した時に、社交ダンスに参加したくらいだった。


「じゃあ次。今の歌ってみろ」

「分かり、ました」


 意図は分からないけれど、今聞いた曲をそのまま歌う。だけど、歌い始めてすぐに男からストップがかかる。


「あー、ちょっと待て待て。菊池の声じゃない。お前の声で歌え。それじゃあ声真似チャンピオンだよ」


 私の……声。自分の声で歌ったことなんてないから上手く歌える自身は全然ないけれど……歌ってみる。


「――ᕷ*.°*ೄ」


「――えぇ……なんで下手なんだよ。じゃあ菊池の声で歌え」


 優花ちゃんの声。こっちの方が脳内にイメージがあるからはるかに歌いやすい。


「――♪♫」


「――なんで上手いんだよ!!」


 言われたことをやっただけなのに怒られた。理不尽……


「ただ、声真似で上手く歌えるなら練習次第で地声で上手く歌えるはずだよな……なんでこんなに歪なんだよこいつ」


 多分私に聞こえないようにボソッと呟いているんだろうけど耳がいいので全部聞こえてしまっている。


「てか、すげぇ似てるなやっぱ。なんか声真似してみてよ」

「え、急に言われても……」

「例えば……うーんこのセリフとか」


 男はスマホでパパっと検索して、見つけた動画を流す。これは……アニメだ。


「えーっと、今のセリフを言えばいいんですか?」

「おう。はい、3、2、1」


「『ジャッジメントですの』」


「ワハハハハ!!!もう本物じゃん!!すげえよお前!」


 一体誰の何のセリフだったのかは分からなかったけど男はすごい満足そうに笑っていた。なんだかすっごいムカついてきた。


「……まぁいっか。お前は完成された原石だ。Force合格でいいよ」


「――え」

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