第22話 春風颯馬

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 遡ること十分前。面接後の304号室。志願者は全員部屋を出て、部屋に残されたのは面接官の二人だけだった。

 今から行うのは志願者の合否の判断だ。とはいっても決定権はほとんどの春風にある。の水引はあくまで補助と司会進行をする役割だった。


「ハッハッハッ!!!!」

「もう……!春風さん笑い事じゃないですよ!」


 春風は久々に一癖も二癖もある面接をしたことに満足気に笑っていたが、水引からしたらたまったものじゃなかった。ピリピリした面接は志願者だけじゃなくて面接官の胃にも悪い。


「とりあえず佐野は合格だな」

「それは賛成です」

「歌からは努力が伝わってきたし、なによりあの場面で山月を庇ったのが良かったな。すごい勇気だよ。普通出来ることじゃない」

「もしかして……山月を脅したのは佐野の行動を見るため……とか?」


 無理やりな考えではあったが、水引にそう思わせるだけの実績が彼にはあった。


「いやいや!まさか。審査不能なのはホントだよ。俺もまさかあそこで佐野が噛み付いてくるとは思わなかった。偶然だけどいい収穫だったな」


 偶然かい、と、水引は心の中でツッコむ。なら最初から荒らすような発言しないでくださいよ、と言いたかったけれど、これも心の中に秘めておく。


「だけどその勇気の裏には危うさもある、これは……まぁ『こっち』の仕事だな。彼女は文字通り原石だな」


 歌を聞いた瞬間、春風は椎菜を合格させることに決めていた。歌声に惹かれたのもあるが、それ以上に歌声から並々ならぬ努力と、終わりの見えない伸びしろを感じたからだ。オーディションは今の能力だけではなく、これからの伸びしろも加味して合否が決まる。


「あと、感じの悪い感じの女たちは落とせ。白井と佐藤は……特に輝きを感じなかったから不合格だな」


「え、感じの悪い女たちって杉田と水野と山本ですよね、めちゃくちゃ春風さん褒めちぎってませんでした?」


 柚乃と椎菜が面接室から出ていったあと、春風はやけにこの三人を褒めて贔屓ひいきしていた。水引には彼女たちの魅力が全く分からなかったため、そんな春風の行動は不可解なものだった。


「あー、態度ムカついたからな。普通に落とすより受かったと確信させてから落とした方がスカッとするだろ?」

「面接を私情に使わないでくださいよ……」


 面接室には隠しカメラが設置されているため。面接前の彼女たちの態度はつつぬけだったため、春風は面接を始める前から彼女たちに不合格の烙印を押していた。


「そもそもあんな態度でファンから人気が出るわけないからな。自己アピールだって中途半端だったし。確かに裏表があるキャラは魅力的だけど、そいつらは表を演じるために必死に努力をしてるんだよ。苦しんで葛藤してんだよ!なぁ黛冬優子!」


「まゆ……だれですか?」


 春風は熱くなるとつい余計なことまで語ってしまう癖がある。


「わるいわるい……で本題は山月柚乃だな、マジで何もんだよあいつ!審査不能だよ!」

「凄かったですね彩乃さんのモノマネ」

「いや、あれはモノマネの域を超えてるよ。よく見たか?声だけじゃねぇ、表情、立ち振る舞い、全て完全にトレースされてた」


 実際、春風にも水引にも柚乃の後ろに彩乃が重なって見えた。その精度の高さは身をもって味わっている。


「しかもあれ、この前のライブの時の黒川だろ?ラストライフが終わったあとの心拍数すら再現してるように見えたぜ。どうやってんだよ。前世スパイやってただろ多分」

「明らかに別格、ですよね。合格でいいですかね」

「合格でいい。いいんだけどさぁーー」


 春風には一つだけ頭に引っかかる所があった。


「面接室を出る時、あいつは俺があんな態度をとっているのにも関わらず合格を確信してたんだよなぁ。ムカつくわ……嫌がらせでもするかぁ」


 オーディションを私用で使わないでください、と何度も言ってるのに……、と嘆きたい水引だった。


「ちなみに具体的に嫌がらせとは?」

「合格者呼ぶ時に呼ばない」

「子供ですかっ」

「いやまぁ、ちょっと話したいんだよな彼女とは」


 呆れ返っている水引を他所に春風は話を進める。


「三次オーディションには参加させずこの後俺が個別に面接する。それ次第で合否を決めるわ」

「合否って……」

「Force三期生としての合否だな。律儀に三次四次オーディションをしても彼女ならなんなく通過する。既存の審査じゃ測れないよ彼女の才能は」


「!?」


 春風は柚乃の持つルックスやスタイル以上に、人々を魅了するカリスマの才能に気づいていた。

「でも、ダンスとか歌とかまだテストしてませんよ?」

「歌は……あんだけ声帯いじれるならいけるだろ多分。まぁ最悪下手だとしても、だ。ダンスは余裕だと思うぜ」


 春風は柚乃の面接時のささいな動作から彼女の運動神経が異質だということも見抜く。数万とアイドル志望者やアイドルを見てきた春風しか持たない観察眼だった。


「でもそれって……他の参加者から不満がでるんじゃ」


 今まで、二次オーディションから飛び級をして合格を勝ち取ったのは一人だけだった。ただ、それを知っている人はここにいる二人と、本人である黒川彩乃しか知らない情報だった。おおやけには黒川は普通にオーディションを勝ち進んだことになっている。


「もちろん公にはオーディションを勝ち進んだことにするよ。それに、そんな文句を黙らせるほどに大成すればいい。あれだけ『完成された原石』を見たのは初めてだよ」


『完成された原石』そんな矛盾する言葉は今の柚乃をピッタリと表していた。


「でも……変に焦らしたら佐野が三次審査辞退しかねませんよ」


「いや、きっとそれは山月が止めるさ。それを経て佐野はもっと強くなる。それは山月も例外じゃない。一度落ちることで見える景色もある。賭けにはちがいないんだけどさ。山月は……監視カメラで唖然とする顔を見てから部屋に呼ぼうか」


「ほんと性格わるい……」


実際、柚乃は不合格だと知ってから自分の本当の気持ちに気づき、椎菜も柚乃の不合格を受けてより一層アイドルになりたい気持ちを強めた。結果だけを見れば春風のこの選択は大正解だったということだ。


 この自由気ままな性格こそが彼が成功している所以ゆえんかもしれない。


「んじゃ、放送するか。頼んだ」

「はいはい……スイッチオン、っと『えー先程304号室で行われた……』」

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