第19話 二次オーディション②

「ふぅー疲れた」


 与えられた任務を三十件ほどこなして家に帰ってきた。二週間働け、とは言われたがあくまで任務はスケジュール制ではなくてタスク制。本来なら二週間で行うはずの任務をオーディションまでの一週間で片付ける予定だった。


「やるからには、絶対合格しなきゃ」


 スイッチを押して電気をつける。暗闇とはいえ長年住んでる家なのでスイッチの場所くらいなら手探りで探さなくても一発でわかる。電気が数回点滅してから光ると、家具ひとつない殺風景な部屋が現れる。

 実力のある殺し屋なら稼ぎはそれ相応のものになるため、金ならあるのだけど、今まで生きがいといった生きがいがなかったため、生活に必要なものだけが揃った最低限度の家だった。


「オーディション対策するかぁ」


 なんてひとりごとを呟きながらも、携帯で何気なくForceについて検索する。すると、気になるものが出てきた。


「これは……?Forceの動画?」


 Force主体の動画が動画配信サイトに載っていたのだ。どうやら公式が出している動画らしい。当然初めて見るものだった。


「Forceにらめっこ大会?何が面白いのこれ」


 タイトルにはそう書いてあった。Forceのメンバーがにらめっこをするだけの動画。にらっこをしているだけの動画なのに何故か再生数は百万回を超えている。正直何が面白いのか全く分からない。


 しかし、謎の興味が出てきた私はその動画をクリックする――


「――アハハ!黒川さん可愛っ!まだ勝負始まってもないのににやけてんじゃん!!可愛っ!」


 そしてハマっていた。


 なるほど、正直ファンじゃない人からしたら何が面白いか分からないだろうけど単純に可愛い。そしてメンバーそれそれが自分のキャラを動画で出していて見ていて飽きない。


「あ、今黒川さんとにらめっこをしてる子、私とライブで目が合った子だ……名前は金井叶恵っていうんだ、マイペースで可愛いかも」


 ライブの時に生で見た顔が揃いも揃って動画に出ているのを見るのは何だか不思議な感覚だった。


「え、Force、去年のライブのDVD出してるんだ!見たいな……一本だけならいっか!」


 そして動画の最後にある宣伝を見た柚乃は、通販のボタンをクリックする。その後そもそもテレビとブルーレイ機器も持っていないことを思い出したので通販で一番上に出てきたものを購入した。


「――やっぱライブの黒川さんカッコイイなぁ、え、黒川さん写真集も出てるの!?買うしかないじゃんこれ」


 任務をこなしながら隙間時間にForceの動画を見る。


「――うわ、え!こんな写真載っけちゃっていいの!?際どすぎない???でも可愛い……」


 そんなことを繰り返しているうちに気づいた時には一週間が経っていた。


□□□


……この一週間何も対策出来てない!

何事もハマりたてがいちばん楽しいもので、人生で初めて大きな楽しみを見つけた私にForceという娯楽を捨てて面接対策をする、というのは無理な話だった。


沈黙の時間が五秒続いた。たった五秒とはいえ面接官からしたら悪印象かもしれない。

振り絞れ……この際殺し屋のスキルでもいいから……!


……あ。


何とかひとつ、特技が思い浮かんだ。いや、特技と言っていいのかな。

……でも、これ以外思いつかない。


「――モノマネします」


「えっ」


誰がその声を漏らしたのかは分からなかった。もしかしたら全員が「えっ」とこぼしてしまったのかもしれない。


私がそう宣言した瞬間、面接官は困惑し、他の参加者からは嘲笑がこぼれていた。

一方、佐野さんは心配そうな顔で私のことを見つめていた。


「あ、いえ、失礼しました。進めてください」


あっけに取られていた女性面接官はすぐに元に戻り進行をうながす。


誰かに変装をすることなど日常茶飯事だった。モノマネとは言ったけどそれはカジュアルで適切な言葉が思い浮かばなかったから。本物に「ならなくてはいけない」変装はモノマネとは違う。


「それでは、黒川彩乃さんのモノマネします」


一瞬にして場が凍る。アイドルを志す者によるトップアイドルのモノマネ。生半可なものでは許されない。


すっーと息を吸ってから自分の中に黒川さんを降ろす。声だけじゃない。表情、体、髪の毛一本でさえ完全に再現する。想像するのは黒川さん以上の黒川さん。



『あやのんこと、黒川彩乃ですッ!お前ら、楽しむ準備は出来てんのかぁーーーー???』



ライブで見たあの時の黒川さん。その輝きは自分で表現するには眩しすぎた。やっぱり、黒川さんの眩しさは私にはまだ遠い。


『山月柚乃』に戻って状況を確認すると、部屋は静まり返ってしまっていた。


……あ、あれ?やっぱり間違えちゃったかな。似てなかったかな。


「あ、ありがとうございました」


静まり返った中でたどたどしく自己アピールを締める。


……きつい。この空間。何時間にも感じられる数秒の後でやっと面接官の男が口を開く。


「山月さん。質問だけどさ、今何のオーディションか分かってる?」


特に面接に関心を示していなかったような男の態度が急変する。心ここにあらずだった男の目に光が灯った気がした。


やっぱりなんかやらかしちゃった!?

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