第14話 山月柚乃

 それにしてもアイドル、アイドルか……


「ま、オーディション倍率一万倍くらいだからね。受かってからの話だけど」


 ……え。


「……一万倍?」


 聞いたことないんだけどそんな倍率。一万人に一人が合格するってこと……?


「うん。雪菜さんの推薦って言っても書類審査パスするだけだからね。街中まちなかスカウトと同じ。ゆずちゃんが参加するのは二次オーディションからだけど、それでも倍率は二千倍はあると思うよ」


 彼女達Forceが日本を代表するアイドル、ということを改めて実感させられる。すんなりアイドルになれるとは思ってなかったけれど、考えが甘かった。


「……ちなみに二次オーディションはいつですか?」

「そうだね〜、あと一週間くらいはあるけど」

「一週間?しかない??」


 アイドルというものを全く知らなかった私が一週間で倍率二千倍を超えるオーディションに挑む。そう聞くと無理難題すぎるな……


「きっと大丈夫だよ。一週間もあるし!ゆずちゃんなら……あ、名前!ゆずって偽名でしょ?本名は?」


 シトラスというコードネームでアイドルをする訳にはいかない。とはいえ、私に本名はないし……


「本名なんてないですよ、黒川さんが決めてください」


 自分の名前を黒川さんに決めて貰えるなら私も本望だ。あと、戸籍の偽装とかは後からでもどうとでもなる。


 それを聞いた黒川は目をキラリと輝かせてブツブツとつぶやく。


「え!いいの!じゃあ、あ、山……月、月!ゆず……柚乃!!あなたは今日から山月柚乃ですっ」

 黒川の視線の先には暗くなった山に半分隠された月があった。十中八九そこから考えたのだろう。


「雑……」

「不服?」

「いや、気に入りました」


 山月、柚乃。呟いてみると思いのほか響きが良かった。それに……


「ちなみにゆずじゃなくて柚乃にしたのは私とお揃いにしたかったからだよ」


 黒川彩乃と名前が少しだけ揃っているのも好きだった。


「ふふ、気に入ってくれてよかった、ゆずちゃん」


 でも呼び名は変わらないようだ。でも黒川さんからは「ゆずちゃん」と呼ばれる方がしっくりくる。


「じゃあさ、次会うときは合格した時だね」

「……え」

「いやいや、現役のアイドルが一人の志望者にこれ以上肩入れするのはずるいでしょ」

「まぁたしかに……」


 他のオーディション参加者もいる中で私とだけ頻繁に会うのは不公平だろう。それに、オーディションに関する何らかの不正を疑われる恐れもある。もちろん私はそんなことを聞く気はなかったし黒川さんも言う気はなかっただろうけど、第三者が見たらどう思うか、という話。

 私からしたらそもそも二次面接までスキップできるという話が渡りに船だった。これ以上望むのは贅沢すぎる。


「あ、でもオーディションの前にしっかりと組織との因縁は解消してきてね。殺し屋がアイドルをやってる、なんてバレたら大スキャンダルだもん」

「もちろん」


 即答したけど、正直この件に関しては不安しかない。私もオーディション前に組織とケリをつけておきたいとは思っていたけれど、上手く和解できるとは全く思ってない。それでも放置していい問題ではないから何とかしなくちゃいけないんだけどねぇ……


「あ、でもこれで終わりってのもあれだし、げん担ぎ、しとこっか」


 黒川さんはポケットから全く同じ二つのストラップを取りだして、ひとつを私に渡す。


「これ、私もスマホにつけとくから。ゆずちゃんもどこかにつけといてよ」

「え、いいんですか?」

「うん、もちろん」


 正直、何がげんを担いでいるのかわからなかったけど、目標の人と同じストラップをつけるのはなんだか縁起が良さそうだ。それに普通にプレゼントは嬉しい。


「じゃあこの辺でお開きにしよっか。今日はありがとね」

「あ、はい!こちらこそありがとうございました」


 いつの間にか呼んでいたのか、公園の出口にはタクシーが止まっていた。黒川さんはタクシーに向かう際、一回だけ私のほうを振り返った。


「オーディション突破してね。Forceのエースとして待ってる」


 そう言ってニヤリと口角を上げた黒川さんは完全にアイドルの顔をしていた。

  

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