第12話 推し

「やっほーゆずちゃん」

「お疲れ様です」


 二三時三十分。メモに書かれた公園で待っていると程なくしてライブを終えたばかりの黒川が顔を出す。口約束に過ぎなかったが、彼女なら絶対ここに来るだろうな、という確信があった。

 三時間も歌って踊って、絶対に疲れているはずなのに、彼女の顔は全くそんなことを感じさせなかった。


「どう、ライブ楽しかった?」


 少し俯きながら私に問いかける。その答えはもう決まっている。


「はい、とても」


 それを聞いて黒川はほっとしたような表情をうかべる。


「良かったぁ、最初に会った時さ。人生がつまらなそうな顔してたから。アイドルなら皆を楽しませなくちゃね」


 そんな顔してたつもりはなかったんだけどな……

 それにしても自分を殺そうとしてる殺し屋も楽しませようとするなんて普通は考えられない。だけど黒川彩乃だから、と言われれば納得してしまう自分もいた。


「あの時は助けてくれてありがと。ライブを台無しにはしたくなかったから。感謝してもしきれないよ。ライブだけはなんとしてでもやり遂げたかったからね」

「むしろよくスケッチブックに気づいてくれましたね」

「絶対気づけ!って圧を感じたからね」


 あの瞬間。黒川がしゃがんでいなかったとしたら、絶対に頭を撃ち抜かれていた。曲が終わった瞬間とはいえ指示通りにすぐに行動した判断力がスゴイ。

 それにしても絶対に役に立たないと思っていたスケッチブック大活躍だったな……


「さて、約束通り好きにしていいよ」


 黒川は覚悟を決めたように息をはー、と吐くと壁にもたれかかって両手を挙げる。


「……分かりました」


 私はポケットから拳銃を取り出して黒川に向ける。

 それを見た黒川はにっこりと笑ってそっと目を閉じる。その姿すらも可愛く見えてしまう。


 あぁ……ほんとにこの人は。黒川、黒川さんは。


 その顔を見た瞬間、私の中で色んな感情が混じり合う。好きだとか嫌いだとかそんな言葉じゃ表せない色んな感情。


 引き金を引くと、パンッ、と乾いた音が公園に響きわたった。

 それは実弾の籠った音ではなく『空砲』の音。


「……じゃないです、か」


「……?」


「あんなの見せられて殺せるわけないじゃないですか!」


「あの瞬間最っ高に感動したんです、胸が震えたんです。あんな輝きを見せられて、あんな体験させられて殺せるわけないですよ!」


 気づいた時には頬に涙が伝っていた。


「……ふふ、良かったぁ、ヒヤヒヤしちゃったよ」


 到底先程まで殺されそうになった人のセリフとは思えないくらい緩いセリフだった。


「もしかして私、ゆずちゃんの推しメンになっちゃった?」

「……推すってこういう感情なんだなって実感しました」


 それを聞いてへへへ、と満足そうに笑う。

 あんなの見せられたら誰だって黒川のこと、推したくなっちゃうって。

 私は拳銃をその場において地べたに座り込み、大きなため息をつく。


「ここまで計算してました?」

「少し打算はあったけどね。一番はゆずちゃんを楽しませよう、って気持ち」

「お人好しすぎますよ黒川さん」

「へへへ、よく言われる」


 照れながら頬をかく。動作のひとつひとつがいちいち可愛く見えてしまう。


「でもさ、ほんとに殺さなくて大丈夫なの?任務だったんでしょ?」


 ……大丈夫なわけが無い。任務放棄の上、同じ組織のナットに攻撃をしてしまったのだから。


「おかげさまで私は殺し屋クビですよ。これからの人生どうやって生きていけばいいんでしょうね」


 だからこそ悪態のひとつもつきたくなる。

 しかし、あとになって思えばこの言葉がすべての始まりだったのかもしれない。


「じゃあさ、一緒にアイドルやろうよ」


「……は?」

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