第11話 東京公演⑤
「いったぁ……」
真宮球場バックネット裏、天井の上。本来人が入れないはずの場所に女はうずくまっていた。
「なにが起きたの……ペンライト?」
彼女の頭を襲った正体不明の物体はペンライトだった。
うずくまっていたのは時間にして三十秒。
しかしそれだけの時間があれば私には十分だった。
「こんにちは……『ナット』さん」
柱をかけ登ってあっという間にバックネット裏の天井上にたどり着いた。ファンの人達は正面のForceに夢中だったので、高速でバックネット裏に登った私に気がつくこともなかった。
「……『シトラス』かぁ」
ナットは狙撃銃を肩に抱えながら臨戦態勢に入る。初対面ではあるが私のことは知っていたようだ。
「化け物ですか?客席からペンライトを投げて当てるなんて」
「遠投には自信があります」
「……で、なんのつもり?シトラスさん。狙撃を阻止して私に攻撃した……ってことは組織を裏切たってことで大丈夫?」
「……自分でも分からないです」
組織を裏切るつもりはもちろんなかったし、つい先程までは黒川を始末する気でいた。しかし、ラストライフの黒川を見た後、私は考えるよりも先に体が動いていたのだ。
「出来ればあなたと戦いたくないんだよねぇ、強いことは知ってるから」
黒川はこんなところで死んでいい存在ではない、なんて理屈で説明するよりも、ただただ死なせたくない、もっと黒川を見てみたい、黒川に魅せられたい、そんな感情で説明する方がしっくりときた。
「黒川に手を出さないのであればこちらに戦う意思はありません」
「そりゃあないでしょ、依頼なんだから」
ナットは何も間違っていない。殺し屋は何時でも依頼が最優先だから。私はその掟を初めて破ってしまった。
「じゃあ戦いましょう」
「
ナットは立ち上がると目にも止まらぬ速度で私の周りを駆け回る。天井上に設置された器具や、照明を器用にかわしながら移動していた。事前に障害物の居場所を頭に入れていないと出来ない動き。
「狙撃手が近接に長けてないとでも思った?」
そんな油断は全くしていないけど、暗闇の中でなかなかの速度で動き回るものだから姿をはっきりと捉えることが出来ない。
私が瞬きをした瞬間、ナットは一気に私との距離を詰めて右足を振りかぶる。
蹴りを体の反射で右手で受け止める。
しかし、ナットは読み通りと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「想定っ内!」
ナットは一瞬でズボンのポケットから小型拳銃を取り出すと引き金に指をかける。
「させ、ない!」
私は、首にかけていたタオルを高速で振り回し握られた拳銃を弾く。
「ライブ中はお静かに」
撃たれたとしても、避けることは容易いのだけど、消音器のついていない拳銃なんかを撃たれてたらいやでも目立ってしまう!
「化け物かよっ!」
「よく言われます」
拳銃を弾かれても体勢は崩さなかったナットは私に再び肉弾戦を仕掛けてきた。蹴り、受け、動作一つ一つがしっかりと訓練されたものだとわかる。このレベルならば普通の任務で苦戦することはなさそうだ。
……もっとも。
「私には勝てないけどね」
ナットの攻撃を全て捌いた私は一度だけ彼女の足を蹴り、重心を崩してその場に押し倒す。
「っ!」
「少しの間眠っててください」
私はナットの首元にペンライトで突く。
その一撃でナットは気絶した。一時間は意識が戻ることもないだろう。
倒れ込んだナットを背に天井の端によいしょ、と座る。
あーあ……やってしまった……
完全な裏切り行為だよねこれ……
黒川を守りたい。その感情でここまで戦ってきて、裏切りのことやこの先のことからは一切目を背けていた。組織は当然クビだろうし、それどころか組織は私を始末しようとしてくるだろう。
ま、今考えても仕方ないから今後のことは後で考えるか!
ライブ中くらいは現実逃避しよう。
それにしても……
「なかなか、いい景色」
球場の一番後ろで一番高い場所。当然メンバーの顔は見えないけど、ファンが掲げた赤色のペンライトによる光景は圧巻だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます