第10話 東京公演④
ライブが始まってから三十分程経過したのだけど――
――気づいたら私はコールをしていた。
曲に合わせて色んな言葉の合いの手を入れること。
最初の十五分こそ、そこまで楽しいとは思ってなかったんだけど、なんだか周りの熱にあてられてしまったようだ。
ほんとに最初は全くコールする気はなかったんだけどなぁ……試しに、て思って少しだけ小声でコールをしたらなんだか会場と一体になってる感じがすごく楽しくてハマっちゃった。
……って何をしてるんだ私は。
私は楽しむためにライブに来たわけじゃないんだけど……
『それに、せっかくのお祭りなんですから楽しまなきゃ損ですし!』
さっきの雪菜さんの言葉がフラッシュバックする。
今日くらい、楽しんでもいいのかな……?
『やっほーー!みんな楽しんでるー??』
ライブは、アイドル衣装に身を包んだ黒川が、見てる人まで笑顔にするような満点の笑顔を浮かべていたところだった。
そんな黒川の姿は私には眩しすぎる。
でもすごく可愛くて、すごく輝いてて、私たちだけじゃなくて黒川自身もライブを楽しんでるようだった。
『あやのんこと、黒川彩乃ですッ!お前ら、楽しむ準備は出来てんのかぁーーーー???』
『いえーーい!!!』
会場全体が熱気に包まれる。そんな様子を見たら私も楽しみたくなっちゃうじゃん。
だから私も開き直ってこの瞬間は全力で楽しむことにした。
『出来てんのかぁぁ!!??』
「『『いえーーい!!』」
今日だけ、特別。今この瞬間だけは楽しむことにしよ。楽しんでないと逆に浮いちゃうしね。
ライブは程なくしてレスパート?に入る。
メンバーがファンに手を振ったり、ファンの持つスケッチブックに書かれたリクエストに答えたりする時間だ。アイドルがファンに反応することをレスっていうらしい。例えば指を指されたり、ハートを貰ったりとか。さっき調べた。
ちょうど隣の男性がメンバーとじゃんけんをしているところだった。ちなみに負けてた。
そして、私の目の前のステージに黒川がやってきた。
「あ!いぇーい!」
私に気づいた黒川は満点の笑いを浮かべて大きく手を振ってきた。私も小さく手を振り返すと、黒川は私にウインクをして他の場所に移動していった。
「っ!」
いや可愛いな……黒川可愛すぎる。女の私でも惚れてしまいそうだった。
殺し屋として光の届かない闇に生きる自分と、アイドルとしてこれでもかというほどの光を浴びる黒川を勝手に比較して勝手に劣等感を感じてしまう。
私も…あんなふうに……
ってさっきから何を考えているんだろう。
自分の中に生まれた葛藤を振り払う。私は殺し屋、彼女はアイドル。それだけの話。
『さぁ、ライブも終盤ということでね、次の曲行こうか』
『それでは!いきます!『ラストライフ』』
「っ!」
曲名を聞いた瞬間歓声が上がるオタクとは別に私だけは鳥肌が立っていた。
……なにいまの、迫力。
曲が流れた瞬間、黒川からいつものふわふわした笑顔はなくなり、凛々しい顔になった。そんな彼女は今までのどの瞬間よりもカッコよく輝いていた。
……何この感情。
胸にはふつふつと今まで体験したことの無いような感情が湧いてくる。
MVで既に見たはずの曲なのに実際に肌で味わうと全くの別物だった。
ダンスのキレ、Force全員の息のあった振り付け。ライブの演出。そして何より……
黒川の圧倒的な表現力。
1フレーズごとに切り替わる表情、指先1つ1つまで無駄のないパフォーマンス、胸にまで響き渡る歌声。
その全てが、私たちを黒川の作った世界に引きずり込む。底なしの沼に浸からせる。
そんな圧倒的パフォーマンスをする黒川は紛れもなく『アイドル』だった。
黒川に圧倒された私は、黒川彩乃という一人のアイドルに釘付けになってしまっていた。
ラスサビに入ると、会場の光が全て消え、スポットライトが黒川だけを照らす。
黒川のソロパートだ。
黒川はやっぱり、圧倒的キレのダンスと歌を披露する。
その刹那、私と目が合うと先程とは全く違う、ニヤリと口角を上げたカッコイイ笑顔を見せる。
……もう私にはそれで十分だった。
「……こういう感情を『推し』って言うんだ」
説明のできない感情に『推し』という名前がついた。
アウトロが流れる頃には勝手に体が動いていた。
『ラストライフ』が終わる。つまり狙撃のタイミングだ。全く阻止する気のなかった狙撃を理性じゃなくて感情が阻止しようとしていた。
使うと思ってもいなかったスケッチブックに殴り書いて黒川に掲げる。
『しゃがんで!』
全力で覇気を出して黒川に訴えると、それに気づきた黒川は決めポーズをしながら膝を曲げる。
そして黒川の頭のあった位置を銃弾がすり抜ける。高精度の狙撃だけど、それゆえに狙いが読みやすかった。
当然外したなら二発目三発目も来るはずだが、そうはさせない。
「い……け!」
他の観客には気づかれない速さで、銃弾の発射された方向へ思い切りペンライトを投げつけた。
「あれ?」
黒川が再び客席を見る頃には私はもう席にはいなかった。
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