第7話 東京公演①
いつも以上に日差しが強い八月三十一日。照りつける暑さの中私は一人、ぽつんと立っていた。
「来てしまった……」
渋谷近くにある
調べたところ今日は三日連続公演の最終日。ツアー自体はこの東京公演の後、福岡公演、大阪公演などを経て、十月二十日、神奈川公演で幕を閉じるらしい。かなりの長丁場だ。
あの後、黒川については一切の音沙汰もなく、他の殺し屋に狙われたということもなかった。
そして、絶対に来る必要は無いはずのこの場所に来てしまった。
当然ライブに参加するのは初めて。こんなのくだらないな、なんて思っている反面、生まれてから娯楽という娯楽に触れてこなかったから、正直どういうものかとワクワクしている自分もいた。
私は球場の裏側、関係者入口の近くで、特に変装をすることもなく、できるだけ普通の女の子の格好をして、ある人を待っていた。
「ここで待ってて……って言われたんだけどなぁ」
まだライブが始まる二時間も前なんだけど、周りはファンの人ばかりだった。アイドルの名前が書かれたタオルを首にかけて街中を歩いていたら不審者もいいところだと思うのだが、今はみんながそういった格好をしていたため、普通の格好をした私が逆に浮いてしまっている。
黒川彩乃、と書かれたタオルを持っている人も結構多くて、改めて人気なんだなと感じさせられる。
そこから少しだけ待っていると見知った顔が現れた。
「おまたせしました。あなたがゆずさん……ですね?」
「はい。ゆずです。初めまして雪菜さん」
やってきたのは黒川のマネージャー、清水雪菜だった。
「私名前言いましたっけ?」
「あ、黒川さんから聞きました!」
勝手に雪菜さんに変装したなんて言えるわけ無いし……
「へぇ…でもゆずさん、聞いていた通り美人さんですね、スタイルも良くて。それに……只者じゃない雰囲気もあります。良かったらアイドルやりませんか?」
「……そんなご飯いこうかな、なんてノリで誘わないでください」
アイドル……
闇に生きる私とは正反対の存在。当然やるわけが無いのだけど、一目見ただけで私を只者じゃないと判断する洞察力にはびっくりした。お世辞かも知れないけども、普通の女の子になりきってるはずなんだけどなぁ。
「ふふふ、そんな誰にでも誘ってるってわけないじゃないですか。凄まじい素質がありそうなので。いつでもお待ちしてますよ。では行きましょうか」
「あ、はい!」
待ち合わせ場所こそ関係者入口前ではあったが一般客と同じ入場ゲートから球場の中に入る。どうやら雪菜さんは顔パスで中に入れるらしく、特に係の人に止められることはなかった。
球場の中の通路は人が程々に混雑していた。歩いている間ずっと無言なのもなんだか嫌なのでふと、気になっていたことをたずねることにした。
「あの……聞きたいことがあるんですが」
「はい!なんでしょう?」
「黒川さんによくほっぺを撫でられてるってほんとですか?」
「え……なにそれ」
「あすいません忘れてください」
雪菜さんの明るい目が一瞬にして曇ってしまった。だよね!そんなことしてるわけないもんね!
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