第6話 敷かれたレール


 ……いつからだろう。私の人生が変わったのは。


 何も楽しいことはなく、何も喜びもなく。

 目の前の任務をこなしても待っているのはただの虚無だけだった。


 捨て子だった私は、最初からこういう人生を歩む運命だった。

 そんなこと、頭では分かってはいるしどうしようも無いものだと理解もしているつもりだ。

 だけど、たまに街中で笑顔の親子を見たり、楽しく会話をしている高校生を見たり、ちょっと初々しいカップルを見たりすると、あぁ、私はそっち側の人間じゃないんだなって突きつけられる。

生きる楽しみがあれば、人生はどれだけ豊かになるんだろう。


『え、可愛い!ゆずちゃん!』


ついこないだの黒川との会話を思い出す。

可愛いだなんて言われたけど、血塗られた私なんかより純粋無垢な黒川の方がずっと可愛かった。

だから私は身勝手にも黒川みたいな人生に憧れを抱いてしまう。

人を絶望させる仕事じゃなくて人を笑顔にする仕事。それを体現している黒川は私には眩しすぎた。


「首尾は」


 ボスの質問に私は考えることをやめて頭を切替える。


「……まだ殺せていません」


 驚きこそしないがボスはそれを聞いて露骨に悪態をつく。


「シトラスともあろうものが。まだ殺せてないだなんてな」


「申し訳ありません。八月三一日には必ず」


 そもそも依頼の期日は超えていないので文句を言われる筋合いは無いはずなんだけどなぁ。


「まぁいい。シトラスを信頼していない訳では無いが、念には念を入れてこちらからさらに殺し屋を黒川暗殺に向かわせることにした」


 任務失敗ひとつで簡単に裏社会での立場が変わることもあるとはいえ、相変わらずボスは用心深いというか依頼者に律儀というか……


「コードネーム『ナット』。新人だが腕のたつ狙撃手だ。連携しろ、と言う訳では無いが、争いあうのはもってのほかだ。彼女に先を越されないようにするんだな」


「……了解」


 ナット。聞いたことのあるようなないようなコードネームだ。後で調べておこう。


「任務の成功を祈っている」


 私はやっぱり、敷かれたレールの上を歩み続ける。

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