序章 山月柚乃

第1話 依頼

「シトラス、依頼だ」


 ボスはいつものように私に殺しの任務を命じる。こなしてきた任務の数はもはや数え切れない。

 しかし、今まで様々な依頼を行ってきた私でも、今回の任務の内容には耳を疑った。


「黒川彩乃を暗殺せよ」

「……あの黒川彩乃ですか?」

「あの黒川彩乃だ」


 先日レコード大賞を受賞した今最も勢いのあるアイドル『Force』。一期生八人、二期生十人の十八人からなるグループ。その一期生でありエースでもある人物こそが黒川彩乃なのだ。


 アイドルに全く興味のない私ですら『Force』を知っている事実がその人気さを裏付けていた。


「なぜ、黒川を?」

「黒川会。知ってるだろ?」

「……はい。一度幹部の暗殺をしたことがあります」


 花見という男からの依頼で幹部一人を暗殺したことがある。しかし、実はその花見も黒川会の人間で、組織内抗争に利用されただけだったのだけど。


 表向きは黒川証券という名の大企業。しかし、その実態は裏社会で知らない人はいない闇の組織だ。


「日本でも敵には回したくない組織のひとつだな。その総長、黒川崇の腕は確かなものだ」


 その話がわざわざここで出てきた、ということは。


「黒川崇の娘が黒川彩乃」

「そういうことだ。父を恨んだ人間が娘を殺そうとしている。物語としては三文小説もいいところだな」


 違和感があった。父を恨んで娘を誘拐する、なら分からなくもないけど娘を殺せ、と来た。そこに依頼者の明確な意図が見えてこない。そんなことをして何になるの?


 自分の中で怒りが込み上げてくるのを必死に抑える。父を恨むなら父を殺せと依頼すればいいのに。娘は関係ない。


「分かっているとは思うが」


 言葉の続きがなくても話はわかる。私情を持ち込むな、ということだろう。当然そんな真似をするわけが無い。

 生まれた時から殺し屋の私にとって、居場所はこの組織だけだった。現に今までも不快な依頼は何度もこなしてきたので特に問題は無い。


「また、他の組織も黒川を狙っているという情報が入った」


 ……よほど恨まれているようで。


「他の組織に殺されるよりも先に始末して欲しい。もっともあの『おぼろ』を退かせたシトラスにとっては余裕だと思うがな」


 過大評価だ。朧の件も痛み分けで完全な勝利だったわけじゃない。


「……期日は」

「期日は二週間後の八月三一日までとする」

「……了解」


 反抗することなく依頼を受けた。

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