アサルト・アイドル

水石イズミ

第1部

プロローグ

「はぁはぁ……!」


 人目につかない路地裏を男は必死に走っていた。しかし悪運もここまでだった。路地裏を曲がった先は行き止まりだったのだ。

 逃げ場を失った男は目の前の私に向かって叫ぶ。


「……何者、何者なんだよ女!」


 男は裏社会では名の知れた犯罪組織のボスだった。犯した罪は数しれず、数年かけて組織を拡大してきた。それなのに一夜で組織はたったひとりの私に壊滅させられた。


 可哀想ではあるが同情はしない。私はいつも通り任務をこなすだけだから。


「……何でもするから助けてくれ」


 逃げ場を失った男は恐怖に腰がすくんだのかその場に座り込みながら嘆く。ほんとにこういう姿は見たくない。


 私は好きで殺し屋をやっているわけじゃない。強敵と戦うのは確かに楽しくて好きだけど。だからといって命は奪いたくないし、絶望した顔も見たくない。ただ、生きるためには殺し屋をするしかなかった、というだけの話。


「……」


 私は床に落ちていたレンガを握りしめながら、音を立てずにゆっくりと近づいていく。その距離はもう五メートルをきっている。


 四、三、


 二メートルをきった瞬間、男の口角がほんの少し上がった。


「なんてな!死ね!」


 ポケットに隠していた拳銃を取りだして私に向かって引き金を引く。


 まだ反抗する気力があったのか、と驚きはあったけど、特に問題もなく右手のレンガで銃弾を弾く。想定外だったけど予想外ではない。


「なっ!」

「弾きますよそのくらい」

「……化け物め!」

「よく言われます」


 レンガで男の首元を軽く叩くとその一撃で男の意識は途絶える。言われ慣れているとはいえ化け物呼ばわりはやはり少しだけ心に痛い。私だって女の子なのに。

 任務を終えていつものようにボスに電話をかける。


「コードネーム『シトラス』。任務完了しました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る