第2話 接触

 前髪のズレを直してから楽屋のドアを二回ノックする。「どうぞ」という返事がすぐに聞こえてきたので息を軽く吸ってからドアを開ける。


「お疲れ様です、黒川さん」


 背筋は伸ばしてハキハキと喋る。常に優しい笑顔。それが黒川彩乃のマネージャー、清水雪菜の特徴だった。


 事前情報から私は完全に清水雪菜に変装をしていた。当の清水は偽の業務メールで今日はオフ、と伝えられているため彼女と遭遇することもない。


 殺そうと思えばすぐに殺せる……とは思っていたのだけど、いざ接近してみると、黒川の周りには常に数人のボディーガードが身を潜めていて、隙がなかった。それこそ一人のアイドルにつくボディーガードにしては不自然なくらいに。だからこそマネージャーに変装をして黒川に接近を謀ったのだ。


 それに、変身して黒川に接近すれば彼女の人となりを知っておけるし、他の組織の動向も探っておけるしね。


 それにしても……


 顔小さ かわいっ!


 写真で見るより実物を見る方が何倍も顔が小さいし可愛かった。肌は真っ白で綺麗だし、セミロングの黒髪はより一層の顔の小ささを引き立てていた。人生で出会った可愛い人ランキングトップに入るのは間違いない。


 え……かわいっ。


「うん、お疲れ、雪菜さん……?あれ?」

「どうしましたか?」

「雪菜さん、今日元気ない?」

「いえ、そんなことありませんが」


 少しヒヤリとしたがまさか変装がバレてるはずがない。しかし、黒川は私のことを不思議そうな目で見ている。


「うーん、あ膝擦りむいてるじゃんどうしたの!」


 ……あっ。

 それは先日の暗殺任務の時に擦った傷だった。

 普段スカートを履くことはないため、スカートを履くと膝が露出するという当たり前のことを忘れてしまっていた。


「ちょっとそこで転んでしまって。大したことないです」


 本当にこの程度の傷なんともないのだけど、黒川は心配そうな目で私のことを見つめてくる。


「あーもう、そんな事言わない、絆創膏……はないから、ほらじっとしてて」


 黒川は私の足元に屈むと左足の傷のある場所にポケットから取りだしたハンカチを結ぶ。


「あの……そんなことして意味は」

「雑菌繁殖したら危ないでしょ」


 怪我した瞬間ならまだしもしばらく経った今ハンカチ巻いたところでって話なんだけど。

 これじゃあどっちがマネージャーか分からない。


「はい、完了!」


 無事傷口をハンカチで覆い終えると立ち上がってにっこりとはにかむ。


「悩みがあったらなんでも言うんだよ?」


 それにしても可愛い上に優しいなんて……凄い、惚れてしまいそう。


「どっちがマネージャーか分かりませんね」

「返事が違うでしょ」

「ありがとうござい…ます?」

「うん、よろしい。ありがとうはみんなが幸せになる魔法の言葉だよっ」


 私の返事にふふん、と満足そうに笑う。


「では、雑誌のインタビューの時間ですね、スタジオ向かいましょうか」

「はーい」


 それにしても、なんだか黒川の前だと上手く自分のペースが掴めない。

 今から彼女を殺すことになるのか、なんて考えたら気が滅入っちゃうなぁ。


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