09.固有スキル【危険予測】


 モンプチの餌付けを終えると、ヒャッハー先輩がやって来た。

 誘われるまま部室へ行くと、姉御さんを先頭に女子生徒たちが音楽に合わせて身体を動かしていた。それもサンドバッグへのパンチも混ぜた実践的なものだった。

 予算確保の為には、部外者に設備を利用してもらうことで活動をPRすることも大切なのだという。


「俺の戦績だけじゃ査定が低いんでな」と、部長さんは言うけれど、この人は全国大会での入賞経験もあるという。


「部長の責任じゃないっすよ。俺たちが不甲斐ないのが原因です」

「そんなことはない。まぁ、マイナーな競技だからってことが一番の理由だがな」

「野球やバスケのほうが集客力ありますもんね」


 息を乱すことなく答えるヒャッハー先輩だけど、こっちはそれどころじゃない。

 さっきから僕は、リング上で先輩から逃げ回っているのだ。それもヘッドギアにグローブまで装着して。


「ちょっと待って下さい、素人相手にスパーリングなんておかしいですよ!」

「安心しろ。お前には素質があるから乗り切れるはずだ」


 セコンドにいる部長さんが激励してくれるけど、正直嬉しくない。

 この直前に受けた試験――正面から投げられるボールをフットワークで回避する――で高評価を得られたのは事実だけど、それにしたってスパルタ過ぎる。


「ほらほら、あと一分だけ頑張ってみろ」


 一分前にも同じことを言いましたよと抗議するも、爽やかな笑顔でスルーされた。

 なんだい。昨日は助けてくれたから優しい人だと思ってたのに、鬼畜スマイルでお返事なんてひどいや。


「おい、よそ見してんじゃねぇ!」

「す、すみません、ちょっとタイム!」

「タイムアウトなんて百年早い! 逃げようとすんな!」


 ヒャッハー先輩の殴打が襲ってくる。

 グローブではなくパンチングミットだが、その威力はすさまじい。

 今のところ辛うじて避けているが、ダメージを受けるのも時間の問題だった。


「サービスタイムならくれてやるぜ。俺に打ち込んでみろ」

「殴れってことですか?」

「心配すんな。お前ごときのパンチで怯んだりしねぇよ」

「でも、グローブってすごく固いんですよ?」

「だからこそジャブが牽制になるんだ。ほらよ、反撃しないから一発殴ってみろ?」

「では、お言葉にあまえて……」


 僕は姿勢を正すと、大きく踏み込んでミットに右ストレートを打ち込んだ。

 その瞬間、ヒャッハー先輩がはっとなり、ぶるぶると震えた。

 今のパンチに見惚れているようだけど、まさか僕に格闘の才能があるのだろうか?


「そ、その逆だ……、まるで素質がねぇ!」

「思わせぶりな雰囲気で残念なことを言わないで下さい!」


『貴様、どこでその技を会得した?』とか『おぬし、今なにをした?』等々、こういう時って熟練者が主人公の素質を見抜くシーンになるのがテンプレなのに。

 やっぱり僕には戦闘スキルはないらしい。大人しく後衛で縮こまっているべきなのだろう。


「てんでダメだな。基礎から鍛えないと話にならねぇ」

「基礎もなにも初心者が戦えるわけないですよ!」

「そう思って女子たちの前で恥をかかないように配慮しただろう」


 サービスタイムが終了し、ふたたび僕はリング上を転げ回ることになる。

 部室内に梨香さんたちはいない。

 彼女たちは姉御さんに促されて別室で着替えているのだ。



『リズミックボクシングに参加するなら、私の衣装をかしてあげるわよ?』


 三人に姉御さんがコレクションを見せるも、肌の露出が多かったり、ボディラインを強調するデザインばかりだった。

 さすがにこんな衣装で身体を動かすのには抵抗があり、最も興味をもっていたはずの瀬戸さんすら顔を引きつらせていた。


『すみません、今度体操服を持参するので、本日は見学だけさせていただきます』

『それは残念ね。彼、こういう衣装が好きみたいなのに……』

『はい? なんのことですか?』

『彼女さんにも着てほしいって言ったわよね?』


 姉御さんが涼しい顔でとんでもない嘘を仰りやがる。

 誤解を解こうと慌てるが、梨香さんの反応は意外なものだった。


『遥希くん、こういうのが好きなの? 私にも、着てほしいの……?』

『違います、そんな趣味ありません!』

『信じてるわけじゃないよ? ただ、やっぱり先輩からの厚意は受けるべきな気がしてきたし、パールちゃんに似た色合いの衣装もあるから、どうしてもって言うのなら、いいよ?』


 梨香さんがピンク色のキャミソール風な衣装を手にしてかかげた。

 試着前に『この服似合うかな?』と訊くような仕草だ。彼女の隣では泉さんや瀬戸さんも衣装を選んでいる。


『べつにアンタの為じゃないわ、今後の衣装作りに役立つから試着するだけよ……』

『わ、私も、せっかくの機会ですし、根岸先輩が喜んでくれるなら……』


 と、二人も衣装を胸に別室へ移動するのだった。

 理由はともかく、梨香さんたちがいないのは幸いだ。情けない姿を見られない為にも、一刻も早くリングを下りなくては。


「すみません、このトレーニングっていつ終わるんですか?」

「俺にパンチを百発当てるか、五十回連続で攻撃を避けるまでだ」


 そんなの一生無理じゃないか。


「デイリーミッション中ですが、ここでボクシング部恒例のクイズのお時間で~~す!」

「えっ、今の台詞、誰が言ったんです? っていうかこれがデイリーミッションなんですか?」

「おい、無駄口を叩かずに集中しろ!」

「うわっ、すみません!」


 背後からの攻撃を紙一重で防ぐ。

 セコンドを見る暇はないが、喋っているのは部長さんだろう。いったいどんな顔でこんな言葉を口にしているのだろう。


「『い』から始まる、ハイスペックで、女性からもちやほやされる職業はなんでしょう?」

「『い』ですか? ええっと……『医者』、お医者さんです!」

「ブブーー! 正解は『異世界転生後に、そこが生前にのめりこんだゲームの世界だと気付いて攻略情報を武器にRTAする高校生』でした!」

「長いですよ、流行りの漫画からいろんな要素を混ぜ過ぎで――――ぐわっ!」


 ツッコミをいれる隙に、ヒャッハー先輩の一撃を受けてしまった。


「寸止めだから安心しろ」


 鋭い打撃はボディの寸前で止まっているが、圧のようなものが確かに僕を貫いていた。

 ゆったりと、時間が止まったと錯覚するほどの遅さで視界が傾く。

 流れていた音楽が聞こえなくなり、リズミックに集中していた生徒たちがこちらを見るなか、僕はへなへなと膝を屈し、リング上に倒れてしまった。


「恨めばいいぞ。少し本気になっちまったからな」


 先輩がミットを置き、僕のヘッドギアとグローブを外しにかかる。

 両手のバンテージが切られた瞬間、解放感からどっと全身に血が巡るのを感じ、僕は大きく息を吐くのだった。


「やるな根岸。お前の固有スキルは【危険予測】だな」


 部長さんの言葉に、僕は呆然としてしまう。

 クイズもそうだが、この人がそんな単語を口にするのが信じられなかった。

 というか【危険予測】って何ですか? 本当にそんなスキルがあって、この人は女神様のようにスキル付与ができるのだろうか?


「そんな目で見るな。こういう単語で長所を教わるのが今時の流行りだ」


 ふっと、部長さんは微笑を浮かべ、つづけた。



「【ターン開始から一定時間、攻撃を超高確率で回避し、ダメージを受けたとしても必ずガードする。この有効時間はスタミナに比例する】――どうだ? これが自分の素質だと思えばモチベーションが上がるだろう?」


 たしかにそう説明されると自信がわく。チートではないけど、かなり有用な能力だ。


 部長さんは僕がボールやヒャッハー先輩の攻撃を回避し、クイズ中には不意打ちさえもガードできたことから、動体視力の高さや、危機を察知する素質があると確信したらしい。それを見抜く為にスパーリングを延長していたのかもしれないな。


「もしかして護身術でも習っていたのか?」


 僕は首を振るいつつ、これが私生活で育まれたことを悟る。

 動体視力はドッグランや野良猫を観察するなかで、察知力は実母に鍛えられたんだと。

 小学校の頃は実母さんに逆らえば背後から布団叩きでフルスイングの刑だった。

 それで相手がいつ襲ってくるか、死角からの攻撃がくるんじゃないかと警戒し、いつの間にか察知できるように――避けたらもっと怒られるから防御に徹したけど――なっていた。

 そういえば桑原とのトラブルや、嶋崎に蹴られたときも、回避したら被害が拡大するか、証拠が残せなくなるからできなかったけれど、察知はできたもんな。


 自分ですら気付かなかった素質を、こんな短時間で言い当てるなんてすごい。

 ヒャッハー先輩曰く、部長さんは幼少期からボクシングをしていたらしく、その影響で初心者の長所や適切なファイトスタイルがわかるのだという。



「くれぐれも言っておくが、最善手は暴力沙汰を防ぐことだ。虚栄心からスキルを使おうと考えれば、判断を誤ることを覚えておけ」


 真顔で警告する部長さんに、僕は静かに頷いた。

 自分の素質(スキル)が知れたのは誇らしいが、あくまで防御系だし、スタミナが切れれば役に立たなくなる。自信過剰にならないように注意しないと、梨香さんたちを危険に晒すことになるだろう。


「遙輝くん、どうしたの?」


 まさにその時、梨香さんの声が聞こえた。

 顔を上げると、リングネットを潜って駆け寄る彼女が――――



「え? どういうことですか?」


 その姿に、息をのんだ。

 下はチアリーダーが着るようなミニスカートで、トップスはクロスデザインになっている。つまり、胸を覆う布の紐が首の前で交差するという、とてもセクシーな姿なのだ。


「最初に選んでた、パール風の衣装と違うんですけど?」

「サイズが合わなくて、これに選び直したの……」


 梨香さんが腕を組み、恥じらうように身体を反らす。胸は隠れたものの、長い黒髪がさらりと揺れるのが妙に色っぽかった。


 彼女の隣には泉さんがいる。

 片方の肩を露出したワンショルダーのヘソ出しトップスに、ロングブーツを履いていた。ほどよい肉付きの太股が、ブーツとスカートとの境目で目立っている。


「ジロジロ見ないでよ……!」


 目が合うなり顔を赤くしてそっぽを向く泉さん。非常倉庫の事件後は一緒に着替えていたけれど、慣れない衣装には抵抗があるようだ。


「根岸先輩、私も着替えましたよ?」


 二人の奥から瀬戸さんが現れ、僕は目を疑う。

 物静かな彼女には似合わない、けれども線の細さや、胸の平らさを強調する、黒のタンクトップビキニ風の衣装だったのだ。しかもチョーカーまで着けており、それが首回りのアクセントになっている。



「あの、どうでしょうか? 似合ってますか?」

「え、あの――」

「ちょっと、新米のクセにしゃしゃり出ないで! こういうのは私たちが先でしょう!」

「泉さん?」

「どう? せっかく着たんだから、感想ぐらい聞かせてよ?」

「でもさっきは見ないでって言ってませんでした?」

「遙輝くん、私はどう? 派手だったかな……?」

「梨香さん、正面で屈まないで下さい! 無防備ですよ!」


 三人がすがりつくように僕を取り囲む。

 目のやり場に困って俯いたもの、それが大きな誤解を生むことになり、僕は彼女たちに揉みくちゃにされるのだった。

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