18.恥辱の撮影会
非常倉庫(ダークパレス)を調査していると、誰かが奥の倉庫から出てきた。
急いで隠れたものの、どんどん近付いてくる足音に僕らの心臓は縮み上がる。見つかりそうになったらキスをしろと副会長から言われていたけど、いくら嶋崎に勘ぐられない為とはいえそんなことは無理だった。
「梨香さん、キスのことは忘れましょう。もし見つかっても生徒会役員として備蓄品を確認したかったと言えば済むことですから」
僕の腕のなかで梨香さんが頷く。倉庫の隙間は狭く、僕らはいつにもまして密着している。気付かれないよう口を閉ざしているせいか、お互いの息遣いと鼓動の音が際立っていた。
足音がぴたっと止まった。
僕は耳をそば立てていたが、ことりとも音がしなくなる。やはり不審に思われているのか辺りを見回している様子だ。
僕らは固唾をのんで祈った。
それらしい言い訳は用意できたものの、信じてもらえる保証はない。このまま見つからずにやり過ごすせるのが一番なのだ。
しばらくして、足音が離れていった。どうやらバールを置いて倉庫に戻ったらしい。
ひとまず胸を撫で下ろしたものの、相手の正体が気がかりだった。
「鈴音ちゃんから連絡がきているわ」
梨香さんがスマホを取り出した。ドローンからも先程の人物が確認できており、拡大解析したところ軽音部の桑原だったという。
「どうして桑原くんがここに?」
僕らは忍び足で倉庫に近づいた。
扉に張りついて室内の様子を探ってみると、電話の着信音が聞こえてきた。桑原のスマホのようだ。なにやら話し込んでいるが、彼にしては妙に丁寧な口調である。同級生にはもちろん、普通の教員に対してもへりくだらない性格なのに。
「誰と話しているのかしら?」
「もしかすると嶋崎かもしれません」
副会長に訊いてみると嶋崎は職員室で電話中とのことである。どうやら二人が通話しているのは間違いなさそうだが、いったいなにを話しているのだろう?
『はい。こっちの準備はできてます。もちろん他の部員には教えていませんし、誰にも見つかってもいません。泉も連れてきたんで二人で先生を待ってますよ』
なんだと? このなかに泉さんもいるのか?
僕らは顔を見合わせた。
泉さんたちに会う為に嶋崎がもうすぐここに来る。きっと私的制裁を加えようとしているんだ。そうでなければ部員たちに秘密にして非常倉庫に呼び出したりしないはず。それを裏付けるように倉庫内から桑原の声が聞こえてきた。
『お前、生徒会の連中にチクったりしてないよな? そんなことされたら俺までとばっちり受けるんだから妙なことを考えるなよ?』
『まるで嶋崎の奴隷ね。皆にはでかい態度とるくせに、アイツにはビビるんだ?』
『そんなのお前も同じだろう。おっ? まさか震えてんのか? いい気味だな、俺に恥をかかせなきゃこんなことにならなかったのによぉ?』
『え、ちょっ! 返してよ! それは私のなんだから!』
『へぇ、これが例の写真か。まるで別人だな』
『やめて、お願いだから……!』
『なに泣いてんだよ? そんなんじゃ嶋崎の指導がますますひどくなるぞ?』
桑原の笑い声に僕らは我慢ならなくなる。あいつは僕だけでなく彼女にまで横暴な振る舞いをするのか。しかも人気のない非常倉庫でなんて、まるでいじめじゃないか。嶋崎の悪行を調べるには静観すべきかもしれないけど、このまま放っておくことなんてできない。
怒鳴り込もうとした直前「ガン!」と、梨香さんが扉に壁ドンした。この一撃で、倉庫内が水を打ったように静まり返る。桑原の嘲笑も、泉さんの泣き声もぴたりと止んだのだ。
「梨香さん?」
彼女は顔を真っ赤にしてぶるぶると振るえていた。噛まれた唇の隙間から漏れたのは「最低」という桑原への怒りである。今の掌打も、屋上で土下座されたときよりも遙かに強力だった。それほど友人を傷つけられたことに激怒しているのだ。
「行きましょう!」
僕は扉を開け放った。反撃に備えて僕が先頭に立ったが、やはりというか、桑原は倉庫の隅で子羊のように縮こまっていた。
「泉さん、大丈夫?」
梨香さんが泉さんに駆け寄り、倉庫にあったタオルケットで彼女を包み込んでいる。僕はというと、決して彼女たちを見ないようにしながら防壁のように桑原に立ち塞がった。
「九条に、根岸? どうしてアンタたちがここに?」
「嶋崎先生のダークパレスを調べていたら悲鳴が聞こえたから入らせてもらったの」
「そう……。それなら、すぐに出たほうがいいわ。もうすぐ嶋崎が来るのよ」
「ここで嶋崎先生となにをするの? まさか――」
梨香さんが言葉を詰まらせる。僕も同じ心境だったし、むしろ僕は桑原を連れてすぐに出ていくべきなのかと思っていた。なぜなら、泉さんの着装が乱れていたからだ。もしかすると彼女はここで暴行を受けていたのかもしれない。
「桑原、君がやったのか?」
「ち、違う! 俺は見張っていただけだ! そもそも泉がコスプレの写真なんて持っているから悪いんだぞ!」
「写真だと?」
「そうだ! 自分のスマホを管理しなかったんだから自業自得だろう!」
「うるさい、そんなことわかっているわよっ!」
「泉さん大丈夫よ。あんな人の言うこと気にしなくていいから?」
梨香さんに介抱されて落ち着きを取り戻した泉さんは、僕らにも事情を教えてくれた。
軽音部の練習中、録音を恐れた嶋崎が部員全員にスマホを提出させたことがあり、その際にロックをかけるのを忘れてデータフォルダを覗かれたのだ。そこにはダイヤのコスプレをした自撮り写真があったらしく、それを見た嶋崎は衣装を持参して披露しろと言ってきたというのだ。
「それで、ここで着替えるように言われたの?」
「ええ。最初は冗談風に言われていたから相手にしなかったけど、昨日のことが気に入らなかったみたいで桑原にこのことをバラされたの。他の男子にも教えてほしくないのなら素直に従えって言われて、コイツもコイツでのりのりで協力するから断れなくて……」
「うるせえ、俺のことをこんな雑用以下だとか笑いものにしたのが悪いんだろう!」
「それなら僕に仕返しすべきだろう、泉さんを傷つけないでくれっ」
僕は怒鳴りかけていた。彼女の趣味を知ったのは偶然とはいえ、それを嘲笑して嶋崎に協力するなんてどうかしている。
「僕らは今から嶋崎の脅しについて証拠を手に入れるつもりだ。邪魔するようなら君のことも報告させてもらうぞ?」
「なに、俺が何をしたっていうんだよ?」
「その手に持っているものは泉さんのスマホだろう? 彼女のものを奪って、しかも密室で乱暴したなんて知られたら建学祭のときよりも重い処分が下るぞ?」
黙り込む桑原。彼についてもそれ相応の対応をすべきだけど、今は嶋崎が先決だった。
嶋崎が泉さんを脅したのは、スタジオでのことを密告させない為だろう。いくら僕らがうったえても部長である彼女が否定すれば立証は難しくなる。そして彼女が不審な動きをしないよう、桑原を見張り役にして、ここで更に弱みを握ろうとしたというわけか。
「ひどいわ、こんなこと絶対に許せない!」
梨香さんが声を上擦らせる。同じような辱めを受けたからこそ辛さがわかるのだろう。すぐに逃げるように提案する彼女だったが、それを拒否したのは他ならぬ泉さんだった。
「私がアイツの前にいる姿を撮影してほしいの。教え子に猥褻した証拠があれば停職に追い込めるでしょう?」
「そんなのダメよ、止めて泉さん!」
泉さんはタオルケットを脱ぎ、持参した手提げ袋から次々に衣装を取り出していく。
「アイツを倒せるのならこれぐらい耐えられるわ」
「もし写真を撮られたらどうするの? 学校からいなくなってもそれを理由に脅されるかもしれないのよ?」
「それならそれで慰謝料をふんだくる。知ってる? どんな男でも、弁護士と一緒に会ったら急にしょぼくれるのよ? そういう光景を見るのも楽しそうでしょ?」
笑みを浮かべる泉さんだが、その瞳には涙が溢れそうになっている。
自分の心に嘘をついているだけでなく、もしかすると浮気したお父さんのことを思い出しているのかもしれない。彼女の父親には会ったことはないが、少なくとも嶋崎のような人間ではないだろう。それでも、常に職員室での評価を気にする嶋崎の性格は理想の父を偽って家族を裏切った男に通じるものがある気がする。
「泉さんが無理する必要なんてない、別な方法を考えましょう!」
「バカね。そうやって安全策をちんたら考えているから、うちの生徒会役員は鈍いって言われるの。時には誰かが貧乏くじを引くものよ」
「でも……!」
そこで僕のスマホが振動する。副会長からの着信で、既読がつかないから心配になって連絡したらしい。メッセージの履歴を確認すると、嶋崎が職員室を出たことに加え、非常倉庫に向かって歩いているという情報が届いていた。
今逃げれば鉢合わせになる。
僕らにできることは、ここで悪行の証拠を確保することだけだった。
「根岸、もう振り向いていいわよ。九条を奥へ連れて行って。そこからなら撮影もできるから」
ゆっくりと振り返ると、そこには変身した泉さんの姿があった。
照明のない倉庫内でも眩いほどの純白の衣装を纏っており、これにヒール等の小物を身につければダイヤと瓜二つの姿となるだろう。
だが、似ているのは衣装だけで、そこには姫騎士のような凜々しい表情ではなく怯える少女の顔がある。そんな彼女が嶋崎から横暴を受けるのを、僕らはカメラを構えて見ていろというのか?
「どうしよう遙輝くん?」
僕は必死に頭を巡らせる。泉さんたちを守りつつ、証拠を手に入れるにはどうしたらいい?
スマホには嶋崎の接近を伝える連絡が鬼のように届く。もう時間はない。本当に泉さんが犠牲にならなくちゃいけないのか? そんなのはイヤだ!
「何をしているの、早くしなさいよ!」
準備を進める泉さんを見たとき「あれ?」と、僕はあることに気付いた。
彼女が手にした小道具が目に止まり、一つの妙案を思い付くのだった。
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