17.発見されたらキスをしろ


 僕らは副会長に助言を求めたものの、予想外の答えが返ってきた。

 なんと彼女は立花姉妹に賛成し、放課後に非常倉庫を調べようと声を上げたのだ。


「大した時間はかからないし、なにか見つかれば御の字と考えればいいだろう。そもそもお前、自分一人で調査するつもりだったんだろう?」

「え、どうしてそれを……?」

「ふん。お前のことなどお見通しだ」


 副会長に鼻で笑われてしまう。図星だった。誰も危険な目に合わせないよう、単独で調査してみようと僕は考えていたのだ。


「また私に隠し事をするつもりだったのね」と、梨香さんからも睨まれてしまう。


「どうして独断でこそこそ動こうとするの? 昨日も言ったけど、どんな危険なことがあっても離れないからね?」


 恋人からそんなことを言われるなんて感無量だけど、喜んでばかりはいられない。他人の目がある校内と違って、人気のない場所で嶋崎に遭遇すれば梨香さんにも危害が及ぶかもしれないのだ。


「それは遙輝くんだって同じでしょ? もし殴られたら誰が遙輝くんを守るの?」

「僕のことは気にしないで下さい。梨香さんたちの安全が最優先です」

「守ってくれるのは嬉しいけど、私にとっては遙輝くんが一番なの」


 さらりと梨香さんの口からそんな言葉が出てきた。


「もちろん泉さんの力になりたいし、嶋崎先生の不正も許せない。でも、その為に遙輝くんに傷ついてほしくないの。生徒会長失格かもしれないけど、私にだって大切なものがあるもん」

「梨香さん……」


 彼女は僕のことを一番に考えてくれている。それを知ると不思議と肩の力が抜けていた。

 僕がすべてを背負えない時は梨香さんに任せることができる。それは甘えなのかもしれないけど、もう彼女を悲しませたくないのなら、信頼を裏切りたくないと思うのなら、守り抜く覚悟で一緒に歩むべきなのかもしれない。

 それに、僕らは二人じゃない。立花姉妹や副会長の協力をあおぐことだってできるはずだ。


「ごめんなさい。あの、今日の放課後、一緒に調査をお願いできませんか?」

「今更そんなこと言っても遅いわよ」


 顔をそらす彼女に僕は項垂れてしまう。よほど傷つけてしまったのか、涙ぐんでもいた。



「梨香、機嫌を直してやれ。もともと根岸は他人を頼れない性格だし、コイツなりにお前を想って行動しているんだ」

「どうして頼れないの?」

「え、ええっと、どうしてでしょう……?」

「Huh。そんなの帰宅部で人にもまれた経験がないからに決まっているだろう」

「え、あの……」

「先輩、彼が帰宅部なのは妹さんのお世話する為です! 今の発言は失礼ですよ!」

「O、Oh。悪かった、謝ろう……」


 萎縮する副会長を前に、合点がいったように梨香さんが手を打った。


「そっか。遙輝くんはお兄ちゃんだからなんでも自分でやる癖があるのね」

「そんなことありません。副会長の言うとおり友だちが少ないのが理由です」

「そういう卑屈な言い方をするの止めて。皆遙輝くんの良さを知らないだけよ」


 過剰によいしょされるのは『なろう系の主人公』みたいで少し恥ずかしいけれど、梨香さんが僕の為に怒り、擁護してくれたことが嬉しいのは事実だった。


「お家では率先していいけど、ここは学校よ。大変なことがあればチームワークで解決すべきよ」


 梨香さんが僕の手をとった。そういえば建学祭のときに僕が同じことを言ったことがある。彼女を守る為にかけた言葉が僕に戻ってくるなんて思いもしなかった。


「わかりました。チームワークで乗り越えましょう」


 僕は安全な調査ができるよう、ある作戦を提案した。

 タブレットを起動して立花姉妹にも全容を理解してもらい、今日の放課後はこの手順で調査を行うことが決定する。これが泉さんの助けになるかはわからないけれど、今は少しでも解決に繋がりそうなことを進めるしかなかった。

 予鈴が鳴り、昼休みが終わりにさしかかる。

 教室に戻ろうとする直前「一つ忠告する」と、副会長が僕らに釘を刺した。


「生徒会役員は私情で動かすものではない。あんな動画を見たからには見過ごせないが、これは教員たちの責任であって我々の務めではないことを忘れるな?」


 梨香さんに怒られた時は蒼白くなっていたが、今の副会長はいつになく真剣な顔をしている。

 たしかに一生徒のトラブルに生徒会役員が介入すべきではないし、そもそも泉さん自身からも協力を断れていた。僕らが動くべきではないことは自覚している。


 でも、僕らには言い訳があった。


「どうした二人とも。まさか不服なのか?」

「いいえ。副会長の仰るとおりです。ですが、先生よりも私たちのほうが困っている生徒の力になれることがあるかもしれません」

「そうです。それに、泉さんと交友関係を築ければ軽音部との衝突も避けられて今後の運営も捗るはずです」


 梨香さんと僕の言葉に副会長は「生意気なことを」と目を細めた。


「それぐらい私も承知だ。だから今回は協力する。だが、次はないと思え。頑張るのはけっこうだが、私だって後輩どもが無理をしないか心配なんだからな?」


 僕らは声を揃えてお礼を言うのだった。


「あっ、それからもう一つだけお前たちに確認しておきたいことがある」

「なんでしょうか?」

「二人とも、まだ付き合っているんだよな?」

「え、いきなりどうしたんですか?」


 唐突な質問になんと答えればいいかわからず、僕らは目を合わせたまま紅潮してしまう。


 付き合っているかって、そりゃあ、付き合ってますけど? 貴女だってご存知でしょう? それともこんなに早く破局すると思われていたんですか?


「それならばいい。それで、もうキスはしたのか?」

「「はい?」」


 僕らは声を揃えて訊き返したのだった。



 □■□■□



 放課後。僕と梨香さんは体育館の裏手を歩いていた。

 館内からは運動部のかけ声やボールの音が聞こえてくるが、非常倉庫が見えてくるにつれてそれらは遠ざかっていく。運動場や野球場も体育館を挟んだ向かい側なので、この辺りは本当に静かだった。


『嶋崎はまだ職員室だ。授業のことで他の先生と打ち合わせしている』


 スマホに副会長から連絡がきた。彼女は職員室の一角にある進路相談コーナーで資料を探すフリをしながら監視を続けてくれている。


『根岸先輩、ドローンが離陸しましたよ』

『飛行時間は二十分だ。それまでにダークパレスを調査して帰投しろ。只今の状況は青』


 つづけて立花姉妹からも届く。彼女たちは付近の様子を見張ってくれている。



 これが僕の提案した作戦だった。

 安心して調査ができるよう、嶋崎の監視役と倉庫付近の見張りを配置したのだ。ちなみに立花姉妹はパソコン部の部室からドローン越しに見張っている。PVの追加撮影と称して五条が顧問からドローンを借りてくれたのだ。


 連絡を確認しつつ、僕らは非常倉庫の調査を始めた。

 数は全部で数十あり、それらが学校の敷地を隔てる外壁側に並列している。

 一列目を調べてみたが、とくに異常は見つからなかった。どれも鍵がかけられており、引き戸の取っ手やレールに雨水が溜っているから使われた形跡もなさそうだった。


「遙輝くん、こっちへ来て」


 振り向くと梨香さんが軒下を覗き込んでいる。ライトで照らしてみると、そこには錆び付いたバールが置かれていた。


「どうしてこんなものが?」

「引き戸を外す為じゃないかしら? ここの倉庫ってそんなに強くできていないし」


 たしかにこれがあれば鍵を持ち出すことなく倉庫内に侵入できるだろう。

 だが、それなら引き戸のどこかに痕跡があるはずだ。

 改めて確認してみるも、この付近の倉庫にそれらしいものはなかった。

 ということは、奥の倉庫で使われたのだろうか。

 そのとき、引き戸の開くカラカラという音が聞こえ僕らはぎょっとする。誰かが奥の倉庫から出てきたようだ。しかも足音がこちらに近づいて来る。咄嗟に僕は梨香さんの手を引いて倉庫の陰に隠れた。


 いったい誰だろう?

 様子をうかがうも相手の姿は見えない。嶋崎でないことは確かだが、ここは生徒の立ち入る場所じゃないし教員に見つかれば怪しまれるに決まっている。それが嶋崎の耳に入ればきっと警戒されるに違いない。そうならない為にも、僕らは……。


「遙輝くん……」


 隣にいる梨香さんが僕を見上げてくる。きっと彼女も副会長から言われた言葉を思い出しているに違いない。


「梨香さん安心して下さい。見つかると決まったわけじゃないですし、それに副会長だって冗談のつもりで言ったんですよ」

「で、でも万一のことを考えておかなくちゃ。一応私、さっき口をゆすいでおいたから……」

「い、いや。そんな深いことをするわけでは……!」

「つまり、フレンチでいいってこと?」

「まぁ、最初はそれからでしょう。ってそうじゃなくて、キスのことは忘れて下さい!」


 ああ。もう。なんでこんなことになったんだ。

 それもこれも副会長があんなことを言うからだ。


『いいか二人とも。もし嶋崎以外の人間に出くわしたらキスをしろ。そうすれば不審がられることはない』


 僕らは耳を疑う。

 いくら人気のない場所とはいえ、屋外でキスなんて無理ですよ。だいたい落とし物をしたとか、もっと無難な言い訳ができるじゃないですか。


『Crazy。日頃行かない場所にものを落とす人間がいるわけないだろう。かえって怪しまれて職員室に連行されたら嶋崎の耳に入るかもしれないんだぞ?』

『そ、そうかもしれませんが……』


 というわけで僕らの頭はキスで埋め尽くされていた。なんとか理性を保とうとするが、梨香さんのピンク色の唇を前に頭が茹りそうになってしまう。いかん、いかんぞ。大義名分を後ろ盾にしてキスしようだなんて考えちゃダメだ。


「ねぇ、近づいて来るよ?」

「梨香さん、声を落として下さい……!」


 ざっざっざっと、砂利を踏む足音が僕らのもとへ近づいて来る。出しっ放しにしたバールが見つかって不審に思われているらしい。

 このままじゃ見つかってしまうぞ。

 どうする? どうすればいいんだ?

 嶋崎に勘ぐられないよう、本当にここでキスをしなきゃいけないのか?


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