06.素晴らしきメンバー


 火曜日の昼休み。

 僕らは生徒会室で昼食をとるところだった。


「あ、根岸先輩が箸を持ったまま居眠りしてる」

「こらっ! 任務中に気を緩めるとは少尉失格だぞ!」


 立花姉妹に声をかけられて起きるも、瞼が重くて開かない。姉妹が顔の前で手を振ってくれているが、まどろんだ視界のなかでそんなことをされると目が滑ってますます眠くなってしまう。


「ありがとう鈴音(りおん)。もう大丈夫だよ……」

「なにを言うか少尉。私は美音(みおん)だ。貴様は上官の顔も忘れたのか?」

「あ、すみません……。えっと、それじぁこっちが鈴音(りおん)だね?」

「そうです、私が鈴音(りおん)です。美音よりも可愛いからすぐにわかるはずなのに……」


 たしかにあどけなく可愛い顔をしているが、彼女たちは双子なので顔の見分けがつきにくい。ちなみにいつも先に喋る鈴音が妹で、軍人口調のほうが美音(あね)だ。


 僕は窓際に立って大きくのびをした。梅雨の合間にさしこむ強めの日差しを浴びてなんとか睡魔を追い払う。

 寝不足のせいで朝からひどい眠気だった。

 授業中は自販機のコーヒーをのんで耐えていたけどそれも限界だった。今月は大きな校内行事がないので生徒会室の空気が穏やかなことも一因かもしれないが、まさかランチタイムに居眠りしてしまうとは自分でも驚きだった。


「あれ? 先輩のお弁当、今日はいつもと違いますね?」

「おかずが野菜だらけではないか。もっと肉を食え肉を」


 振り返ると立花姉妹が僕の弁当を覗いていた。二段のお弁当の一つは白ご飯で、残りは野菜炒めがぎゅうぎゅうに詰まっている。その中身こそ、寝不足の原因なのだった。


「野菜の切り方を覚えたくて、昨晩作ってみたんです」

「えっ? 根岸先輩が昨日の夜に一人でごそごそして作ったんですか?」

「なんだと? 夜中にごそごそゲリラ戦法をとっていただと?」

「お下品な表現は止めて下さい! まさか流行ってるんですか?」


 ニンジンは短冊切りにしてキャベツはざく切り、ピーマンは種を抜いてから細切りと基礎に忠実に作ってみたのだが、夢中で切ったせいで余ってしまい他のおかずを入れるスペースが足りなくなったのだ。

 事情を聞くなり二人が僕の弁当を箸でつつき始める。少しお行儀が悪いが、お裾分けし合うのはいつものことだ。僕も美音が持ち込んだレーションをよく貰っているし。


「美味しい! 今日のお弁当は八つ星です!」

「うむ、なかなかの味付けではないか! 喜べ少尉、これなら昇格も近いぞ!」

「評価の基準はわかりませんが、とりあえずありがとうございます……」


 よしよしと僕の頭を左右から撫でる二人。二年生である僕のほうが年上だけど、生徒会役員になったのは彼女たちのほうが早かったので後輩扱いされているのだ。


「でも、どうして急にお料理に目覚めたんですか? いつもはもっと簡単なおかずなのに?」

「急に訓練に励むとは、なにか事情がありそうだな……」

「大した理由じゃありませんよ。賞味期限のちかい野菜が多かっただけです」


 僕の返答に姉妹たちは、すうっと、目を針のように細め口角をつり上げた。こんな不適な笑みをどこかで見たことある。まるで髪がピンク色の超能力少女じゃないか。


「ど、どうしたんですか?」

「いやぁ。お料理上手になって会長との仲を深めたかったのかな~~って思ったんですよ」

「風の噂によると先週末に一緒にお料理を作ったらしいではないか。そこで会長からなにか言われたのであろう?」


 どうやらオムライス作りのことを知られているらしい。恥ずかしくなって隠そうとするも無駄だった。


「嘘が下手なんだから~~。本当は会長に褒めてほしかったんじゃないですか?」

「会長のことになると少尉はすぐに顔にでるな~~。そんなことでは敵地でスパイ活動をすることはできんぞ?」


 耳元で囁かれて赤面してしまう。そんな僕を面白がるように姉妹は脇腹をつついてくる。

 なんだい。梨香さんがいないことをいいことに。

 いくら僕でもそこまで冷やかされれば黙ってないぞ。ここは年上らしくビシッと礼節をわきまえるように言わなくちゃ。


「根岸先輩、正直に答えて下さいよ!」

「そうだぞ少尉、貴様に黙秘権はない!」

「は、はい! すみません!」


 やっぱり無理だと僕は椅子の上で縮こまる。そのまま後輩さんたちに聴取され、大人しくお家デートのことを打ち明ける。さすがにキスのことは秘密にしたけれど。


「へぇ……。なんだか素敵な一日ですね。いかにも相思相愛って感じがします」

「妹さんまで一緒とはまるで夫婦ではないか……。おっ! 噂をすれば会長が戻ってきたぞ!」


 振り向けば廊下側のすりガラス越しに梨香さんの姿が見え、僕は慌てて居住まいを正した。


「おはようみんな。写真を貰ってきたわよ」と、涼やかな表情で入室する梨香さん。デート時にみせる素の笑顔も魅力的だけど、学校にいるときの少し引き締まった顔も綺麗でいつもドキドキさせられてしまう。


 きっと、慣れないんだろうな。

 デート時にみせるアイドルのような可愛い姿と、生徒会長として静かな美貌を交互に魅せられては免疫なんてできるわけがなかった。


「職員室で先生たちと確認したんだけど、みんなも見てもらえないかしら?」


 この写真はオープンキャンパスで生徒会の紹介用に撮られたもので、生徒会役員が横一列に写っている。

 中央にいる梨香さんの左右に僕とアリーシャ副会長が並び、両端に立っているのは立花姉妹だ。どうしても副会長が目立ってしまうが、留学生そのものが珍しいことにくわえ高身長でブロンドヘアーという容姿であれば仕方がない。


 こうして写真を眺めていると、いい人たちに巡り会えたことを感じさせられる。梨香さんはもちろん、立花姉妹も根は真面目だし、今日は欠席しているけれど副会長は三年生という多忙な時期にサポートしてくれる頼れる先輩だった。

 急務には皆が一丸になり、オフのときは談笑し合える。そんな絵に描いたようなメンバーのなかに僕はいる。運がよかっただけなのかもしれないけど、昨日の泉さんのように誰かのことを悪く思ったことは一度もなかった。


 そもそも、あの言葉は部員に向けられたものではないだろう。

 生徒会室に来るまでの途中、僕は泉さんが部員たちと仲良く購買に行くのを見ている。ダイヤについて語っていた時ほどではないけれど、あれは愛想笑いなんかじゃなかった。彼女も僕と同じように、部員(メンバー)と過ごすのを楽しんでいるはずなのだ。


「なんだか私たちって、カルテットルピルスみたいですね!」


 鈴音が大声で言った。


「だって、オープニングの並び方にそっくりですよ! 真ん中にいる会長なんていかにも主人公って感じがするじゃないですか!」

「え? そ、そうかしら……?」


 戸惑いながらも梨香さんはまんざらでもない顔をしている。カルルピの主人公といえばパールであり、彼女が一番好きなキャラクターだった。


「私たちもカルルピたちを見習って悪者に毅然とすべきです。そうでないと建学祭みたいなトラブルが発生するかもしれませんよ?」

「たしかにな。そういう心意気で任務に励み、士気を保つことは必要だ」

「二人の言うとおりね。形から入れるようにカルルピ風の衣裳を人数分用意しようかしら?」

「えっ、会長って衣裳も作れるんですか! 私、エメラルちゃんみたいなドレスを着たいです!」

「ちょっ、待て! エメラルの担当は私だぞ! 横取りするな!」


 キシャーっと、猫のような声をあげて睨み合いを始める姉妹。

 カルテットルピルスは、パール、ダイヤ、ルビー、エメラルの四人で構成され、エメラルは翠色のドレスを着たお嬢様風のキャラクターだ。鈴音はともかく、ミリオタの美音までエメラル推しとは予想外だ。彼女なら熱血タイプのルビーと相性がよさそうなのに。


「二人とも喧嘩しないで。お芝居の配役を決めるわけじゃないだから」

「そうですよ。僕らでカルルピの舞台を上演したりなんかしませんよ」


 まぁ、舞台をやるならやるでエメラル役をダブルキャストにすればいいだけのこと。そういえばスパイ漫画のミュージカルでも同じ手法がとられていた。あっちは子役が四人もいたぞ。


「もしかして、二人ともカルルピを見始めたの?」

「はい……。会長が告白してから、ずっと見ていたんです……」


 鈴音が恥じらいながら言う。

 梨香さんが女児アニメ好きであることを暴露したとき周りには大勢の生徒がおり、そこには立花姉妹もいた。興味本意で視聴したらハマったようで、とくにエメラルが主役のときは録画までしているという。


「私たちの前ではいいけど、人前でカルルピトークをしちゃダメよ? 高校生ならドラマやSNSの話題で盛り上がるのが普通なんだから」


 梨香さんが二人を諭す。幼児番組とはいえ、決して子ども騙しなお話しではないから好きになるのは当然だけど、それを学校(しゃかい)で打ち明けるのは避けるべきだと。

 先輩からの助言に、姉妹は黙って頷くのだった。

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