04.泉からの脅し
「急いでいるんだから早く処理してよ! えっ、五冊までしか無理だって? 予約されてないなら問題ないでしょう!」
「泉さん落ち着いて、図書委員さんが怯えてますよ!」
食いかかる泉さんを止めようとするも効果がない。その豹変ぶりは出会った頃の梨香さんのようだ。
「泉さん、プレゼントがほしいのはわかりますけど、少し落ち着きましょう?」
「は、はぁ? プ、プレゼントってなんのことよ……?」
「エンディングの後で紹介された企画のことですよ?」
「そんなの知らないわ、なんとなく図書室に寄って本を読みたくなっただけよ!」
そんな理由でここまで本を山積みにする人がいるんですか?
お菓子の本を集めているのだって応募する為に違いないはず。あくまで認めようとしない彼女に僕は妙案を思いつく。名乗ってくれないなら、自ら名乗るよう仕向けるべきかもしれないと。
僕は彼女の前でやれやれなポーズをとり、こんな台詞を言ってみた。
「『この程度のものどこにでも売っているというに、なぜ貴様らはこれに固執する?』」と。すると泉さんが「『当然です、それはあの子がお父さんの為に心を込めて作ったものなのですから!』」と振り返った。
ああっ! やっぱり!
この人ダイヤになりきっている! いかん、僕らを見ていた図書委員さんに困った顔をさせちゃってる!
「ちょっ、ちょっとあんた、こっちに来なさい!」
図書室の隅へ引きずられて二人きりになると、顔を真っ赤にしてまくし立てられた。
「私がダイヤ推しであることをバラすつもり? そんなことされたら学校に来られなくなるじゃない!」
「そんなつもりありません、そもそもそっちがのっかってきただけじゃないですか!」
「名シーンの台詞を言われたら誰だって反応しちゃうでしょ!」
たしかに知っている映画やアニメのシーンを再現されたら返事をしてしまうだろう。僕だって『三分間待ってやる!』って言われたら『バルス!』って叫んじゃうだろうし。
「だからって声色を変えてポーズまではしませんよ!」
「アンタだって同じよ! っていうか昨日の放送を見てたのならお菓子のことも知ってるでしょ!」
「本が多ければ有利になるわけじゃないです。あっ、泉さん、その本」
「あぁ? なによ?」
鬼のような形相で睨まれるも、僕は思わず彼女の手にしていた本に触れていた。「僕もこの本を借りようとしていたんですよ」と言うと、彼女は表情を一変させた。
「わかりやすくてボリュームもあるから、これ一冊でぴったりなお菓子も探せると思います」
じつは先日のゼリーもこの本で調べてメモにとって作ったのだ。完成した写真を見せると、泉さんはろくろ首のようにスマホを覗き込んできた。
「へぇ。なかなかの見映えじゃない。もしかしてお菓子作りが得意なの?」
「普通の料理よりも慣れているかと。妹にせがまれてクッキーを焼いたこともありますし」
「ちょうどいいわ。私の趣味を暴露しようとした罰として、お菓子作りを手伝いなさい」
「えっ、僕がですか? っていうか暴露するつもりはありませんよ!」
いくらうったえても聞く耳を持ってくれない。それでも拒もうとする僕に「予算減らされたって部員に言うわよ?」と脅してさえきた。
「なんでそんなことを?」
「あら? そんな態度だと生徒会長さんに迷惑をかけるわよ?」
妖しげな笑みを浮かべる泉さんに、僕はなにも言い返せなくなってしまう。
うちの軽音部は全国レベルの実力をもっており、それを鼻にかけた横暴な部員も多い。そんな人たちの怒りを買えば、梨香さんや他のメンバーにも迷惑をかけてしまう。
実際に建学祭のときは予算のことで生徒会に理不尽なクレームが届き、梨香さんが暴力を受けたこともあった。たとえ事実無根でも、部長である泉さんが扇動すれば同じような事件に発展するかもしれない。
そんなことは、ぜったいに阻止しなくてはならない。
『僕は梨香さんの笑顔が、梨香さんのことが好きなんです! それを守る為なら、どんなことでもしますから!』
梨香さんに告白したとき、僕はそう約束しているのだ。それを果たす為なら手伝いなんて安いものじゃないか。
「私は手荒なことはしたくないけど、会長の運命はあんたが握っているのよ?」
茶色いスーツを着た悪役みたいなことを言う泉さんに、僕はゆっくりと頷いた。
「わかりました。協力するかわり、梨香さんたち迷惑をかけないと約束して下さい」
「もちろん。それじゃさっそく来てもらえるかしら?」
「え? どこへですか?」
「私の家に決まってるでしょ? 住所を送っておくから適当に時間を空けてから来なさいよ。あんたと一緒に帰宅するのを誰かに見られたくないから」
それだけ告げると泉さんは図書室を出ていく。僕はというと山積みになった本の後始末におわれることになった。さすがにこの量を図書委員に押し付けるのは酷だし無視もできない。っていうか、お菓子作りの本だけで五十冊も蔵書があるなんて不思議な図書室だな……。
学校を出ると、スマホに彼女からのメッセージが届いていた。建学祭で予算のやり取りをしたときに僕のアカウントは教えていたのだ。
地図をたよりに進んでいると閑静な住宅街に行き着き、やがて五、六階建てのマンションに出くわした。
共用エントランスと居住スペースはオートロック式の扉で隔てられ、部屋の番号を入力して開けてもらう仕組みになっている。ところがインターフォンを押しても反応がない。ここで操作すればカメラを通じて部屋から僕の姿が見えるはずなのに。
電話してみようかとスマホを取り出したとき、ガラス扉の向こうに泉さんを見つけた。
「泉さんっ?」
わざわざ出迎えてくれたのかと思いきやその姿に仰天する。サンタクロースのように巨大な袋を肩に担ぎ、歯を食いしばりながら運んでいるのだ。
内側からオートロックが開かれると、僕は真っ先に彼女の荷物を抱えた。
お、重い! しかも固くてゴツゴツしてて持ちにくい! どうやら裏手にある倉庫から運び出したらしいが、こんなものをどうするつもりだ?
「助かったわ……。三階まで運んでくれる?」
「いいですけど、エレベーターとかないんですか?」
「あったら最初から使ってるわ! このマンション、高さが三十メートルしかないの!」
「なるほど、設置義務にはあと一メートル足りませんね……」
「わかってんのなら早く運んでよ!」
「痛っ、蹴らないで下さいよっ!」
建築基準法が憎いからって八つ当たりは止めて下さい。
げしげしと足蹴にされながらもなんとか荷物を部屋に届ける。なにが入っていたのかと紐解くのを見守っていると、中からとんでもないものが出てきた。
「さぁ、道具も揃ったところでお菓子作りを始めるわよ」
「……」
「キッチンは向こうよ。そこまで道具を全部運んでくれる?」
「…………」
「あ、その前に着替えてくるわ。制服だと動きにくいし」
「………………」
「ねぇ、なんでさっきから黙ってんのよ?」
「………………うん」
「どうしたの? まさか疲れたから帰るとか言わないでよ?」
「泉さん、今からお菓子を作るんですよね? どうしてこんな凶器が必要なんですか?」
袋から出てきたのは手斧にパワードリル、チェーンソーといった料理とは程遠い道具である。というか家の倉庫にこんな物騒な品々が置かれているんですか?
「だって食材の下準備は手斧があれば余裕だし、ドリルがあれば卵を簡単に割れて、チェーンソーなら生地を切れるでしょ?」
「作り方が独創的すぎますよ! そもそも斧で下準備って、なにをするつもりですか!」
僕らが作るのはプリンやケーキのようなスイーツであって、狩人のご飯じゃないんですよ!
僕が言うのも難だけど、きっと泉さんは料理がからっきしダメな人だ! 使い方以前に道具の選び方が間違っている!
なんでホラーゲームの武器みたいな物ばかりでなんですか? ご自宅で料理とか、ご家族が支度するのを手伝ったことないんですか?
「泉さん、すぐに道具を片付けましょう!」
「わざわざ運んだのになんで戻すの?」
「まずはなにを作るのかを決めましょう? 道具選びはその後からでも間に合いますから!」
「でも、もうすぐママが帰ってきて料理するだろうからこのままでいいわよ?」
「え、ママっ?」
泉さんがママ呼ばわりとは意外だが、彼女の家ではこんな道具で料理をしているのか? いったい日頃からなにを食べているんだよ?
「わ、わかりました。道具は置いておきましょう……。それで、お菓子作りのことですが、泉さんならダイヤのことに詳しいですよね? まずは相手の好きな食べ物を考えるべきじゃありませんか?」
「そうね。あんたの言うとおりだわ」
泉さんの言葉にひそかに安堵の息を吐く僕。どうやらこれで凶器を使う必要はなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます