01.お家デート
とある日曜のお昼。
僕は自宅のキッチンで野菜を切っていた。
「ほらほら遥兄ぃ、そんなんじゃ野菜さんたちが泣いちゃうよ?」
「こら凛、危ないからあっちに行ってなさい」
まな板に立つ僕の隣から、義妹の凛が覗き込んでくる。あまりに不器用な僕の包丁使いに呆れ顔を浮かべていた。
「どうしてもっと上手に切れないの? そこは進研ゼミでやったところでしょ?」
「進研ゼミなんてやってないだろ。っていうかどこでそんな言葉を覚えた?」
キャッチコピーはともかく、凛の言うことは正しい。サラダ用の野菜を切るだけなのに、あまりの不器用さにまな板の上は惨殺現場みたいになっている。
「仕方ないなぁ。遥兄ぃが大変そうだから、今日はサラダを食べるの我慢してあげま~~す」
「お前、野菜を食べたくないだけだろう?」
「あら? 好き嫌いなんてしたらパールたちに叱られるわよ? 凛ちゃんはそれでもいいの?」
「えっ! そんなのやだ! 遥兄ぃ、はやくお野菜を粉砕して!」
「粉砕するつもりなんてないんだよ。うぅ、ダメだ、玉ねぎが目に染みてきた……」
「遥輝くん、こっちは私に任せて卵の火加減をお願いできないかしら?」
僕の代わりに梨香さんが包丁を握るや、不恰好だった野菜たちが美しく切り揃えられていく。刃の入れ方は同じなのに、なぜこんなにも差が出てしまうのだろう?
「遥輝くんってあまりお料理しないの? お弁当を用意しているから得意だと思ってたのに」
「すみません、卵焼きとカット野菜ぐらいしかまともに作れなく……」
「え? カット野菜を作るって言わないでしょ?」
「そ、そうかもしれませんが……」
「そうかもじゃなくてそうなの。ちゃんと自分で切れなきゃダメよ?」
「すみません、梨香さんを見習います……」
叱られつつもその姿につい見とれてしまう。髪を結い上げたエプロン姿というのも制服や着物と違った魅力があるし、しかも調理の手際もいい。僕が食器や調味料を用意しているとはいえ、他人の家で料理をするのって勝手が違うから戸惑うはずなのに難なくこなしている。
「遥輝くん、卵は焼けた?」
「え? あ、はい。ちょうどよくfriedできております」
「なんでいきなり英語なの?」
僕が見入っている間にサラダは綺麗に盛りつけられている。あとはお皿のチキンライスに順番にオムレツを被せていくだけだ。
「うわっ! すごい、レストランに来たみたい!」
ランチマットに料理が並べられるや凛が目を輝かせている。その前でオムレツを切って半熟卵を溢れさせるとますます興奮していた。
「これ本当にオムライス? 遥兄のと全然違うよ?」
「遥輝くんっていつもどんなのを作るの?」
「卵をペラペラに焼いてフライパンの上で包むんだけど、いつも破れてケチャップチャーハンになってる」
「うっ……。でも、たまには成功しているだろう?」
「あれれ、そんなことあったかな~~?」
「お願いだ、梨香さんの前で恥をかかせないでくれ」
ばれないように小声で懇願すると、凛は突如目付きを変え「ふっ。美女の前で粋がりたいのが若き男というものか……」と、やれやれなポーズをとる。
「どうしたんだ凛?」
「仕方ない。ここはおだててやろうじゃないか」
「お前、いつからそんなキャラになった? っていうかどこでそんな台詞を覚えた?」
まさか進研ゼミで習ったのか?
いや、そんなマニアックな教材があるわけがないし、そもそも我が家は通信教育なんて受けていない。口調は『赤い彗星』さんに雰囲気が似ているけど、あんな台詞は名前を変えてからも一度もなかったはず。
いったいどこで学んだのだろう?
「ど、どうしたの遥輝くん?」
「いえ、幼児の学習能力って侮れないと思いまして」
「哲学者みたいな顔してないで早く食べてほしいんだけど……」
「あ、すみません!」
梨香さん促されて僕は料理に手をつける。
「うっ……!」と、一口食べるなり僕は硬直してしまう。
「もしかしてお口に合わなかったかな?」
「いえ、とんでもない!」
美味しい!
できたてのふわとろな感触がたまらないし、味付けも最高だ!
「もう、驚かせないでよ」
「すみません。でもお店で食べるのよりも絶品ですよ? 凛もそう思うよな?」
「うん! 梨香ちゃんのオムライス美味しい! 毎日食べたい!」
凛も先ほどのキャラを捨てて大絶賛だ。
「二人とも大袈裟なんだから」
僕らが食べてからようやく梨香さんもスプーンを手にしていた。
「あ、食事中すみません。写真撮ってもいいですか?」
「食べかけのを撮ってどうするの? また作ったときにしましょ?」と、呆れたような声を出しながらも梨香さんは目を細めていた。
また作ってもらえるのはありがたいけれど、写真に撮っておくべきだった。
オムライスだけでなく、サラダにしてもそうだ。
僕が刻んだ部分は薄皮一枚で繋がっているけれど、梨香さんのはしっかりと切り分けられている。凛も「切れてる切れてる! 梨香ちゃんのはすっごい切れてる!」と、ボディビル大会の掛け声のごとく感激しながら食べている。
「梨香ちゃんの野菜はとっても美味しい! 遥兄ぃのは…………うん」
「えぇ、なにかコメントしてくれよ!」
「というわけで、今回の料理対決は梨香選手の勝利で~~す!」
「対決じゃなくて一緒に作ったんだよ。まぁ、ほぼ梨香さんがやったんだけど」
「えへへ。どういたしまして」と、誇らしげな笑みを浮かべる梨香さん。
いつもと違う笑顔に不意をつかれ、僕の胸は高鳴ってしまう。
付き合ってそれなりに日は経つもののこんな表情は見たことがなかった。しかもその胸元には僕がプレゼントしたペンダントが揺れており、真正面からそれを見つめるのも恥ずかしかった。
「遥輝くん、どうかした?」
「な、なんでもないです。あっ、そうだ。デザートがあるんでよかったらいかがです?」
ちょうどランチも終わりにさしかかっていたので、前日に仕込んでおいたものを冷蔵庫から取り出した。
「えっ? これ遥輝くんが作ったの?」
「そうだよ梨香ちゃん。昨日の夜、一人でごそごそして作ってたんだよ」
「こら凛、余計なこと言わないの!」
しかもお下品な表現までして!
僕が並べたのはメロンソーダ、紅茶、イチゴジャムを駆使した三種類のゼリー。それぞれの味に合わせてホイップクリームやフルーツでデコレーションされている。たしかに料理は苦手だが、簡単なお菓子ぐらいなら作れるのだ。
梨香さんにどれを食べたいか訊くと、予想どおり紅茶を選んでくれた。凛はイチゴを選び、僕が最後のメロンを手にする。炭酸は少し苦手だけど、味のバリエーションがあった方が選ぶ楽しみを増やせるので用意したのは間違いじゃない。
「美味しい、見た目もお洒落だし素敵。あっ、写真を撮ってもいい?」と、僕と同じことを喋る彼女に思わず笑ってしまう。ここまで喜んでくれたのなら作っておいて正解だった。
梨香さんが僕のものも食べてみたいと言うので「あ~~ん」とスプーンを差し出して食べさせる。
「うん。こっちも美味しい。ご馳走様、遥輝くん」
「あれ? 遥兄ぃ、なんか慣れてない?」
「え、いや。そんなことないと思うぞ……」
初めてファミレスでやったときは緊張したけど、今では二人きりで昼休みを過ごすときに生徒会室でよくやっているからであった。
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