15.彼女の苦手なもの

 ところが殴られる寸前、僕の背後から三人衆が掴みかかってきた。


「うわっ、なにするんだよ!」


「おい、今予算って言ったよな! 俺たちの活動費もお前が決めていたのか!」


 五条が怒鳴ると、佐野や富岡も「あんな金額じゃなにもできないぞ!」「早急に増額せよ!」とまくし立ててくる。僕がもみくちゃにされる様子を前に、桑原は呆気にとられて拳を下ろしていた。



「な、なんだ、コイツら?」


「桑原くん、そのへんにしてあげましょうよ。他の部からも板挟みにされて可哀想じゃない」


「あ、ああ、そうだな。こんな奴らにかまっていられねぇや」



 泉の言葉に桑原は他の部員たちとともに歩き去る。

 僕は三人に羽交い締めにされながら、部室とは逆方向に歩いていく彼らに違和感を覚えた。

 泉に訊くと、最近は他校の軽音部とスタジオをシェアして練習しているらしい。それで部室にいなかったようだ。


「今日の練習が終わったら、代理の子に金額を訊いておくわ」


「あの、急がないと調整が難しくなると理事長に言われておりますので、月曜の朝までに返答をお願いできますか?」


 こちらの要望を伝えると、泉は片眉を吊り上げ「わかったわ」と吐き捨てるように返答した。

 きっと面倒なやつだと思われたことだろう。


 彼女には悪いが、僕は密かに胸を撫で下ろしていた。

 期限があれば蔑ろにはされないし、それを過ぎれば相手の落ち度にできる。土壇場で一撃を加えておいて正解だったようだ。




 泉たちがいなくなると、五条に肘で小突かれた。


「危なっかしいやつだな。俺たちに感謝しろよ。敵を一ターン休みにしてやったんだからな」


「あ、ありがとう、殴られるところだったよ」


「いいってことよ。他の部活を見下したのには俺も腹が立ったしな」


「偉そうな連中だよな、仕返しにアイツらのPCにドス攻撃しようぜ!」


「名案なり。迅速に各掲示板で有志を募ろう」


「こら、変なことしたら本当に予算を減らすからな」



 僕は苦笑いを浮かべつつも三人に感謝する。

 犯罪幇助はできないが、私欲だけに働く五条たちが僕を守ろうとしてくれたのが嬉しかったのだ。


「生徒会頑張れよ。フラグの種まきして、ドキドキイベントのお裾分けを頼むぞ」


「え? まさか、最初からそれが狙いだったの?」



 三人と分れて生徒会室へ向かうと、梨香さんと立花姉妹がいた。

 副会長は私用で今日は欠席するらしい。

 僕は軽音部と接触し、予算について伝達できたことを報告した。


「予算金額については未確認だったようですが、月曜までが理事長への期限だと部長にお話ししたので、それまでにはさすがに返事がくると思います」


「え、期限なんてあったかしら?」


「そういうことにしておけば無視されないでしょう? それに『できない』ではなく『難しくなる』と伝えただけですし、理事長から急かされているのも事実だから嘘にもなりません」


 適度に悪知恵も使わなければ運営が遅れてしまうからしかたない。

 報告を終えると各々で今日の活動にとりかかった。

 立花姉妹は地元情報誌に掲載する紹介文の作成を始め、僕らは送付状とポスターを一緒に折り曲げて封入していく。宛先は地元の中学や図書館だ。



 作業に没頭していると、隣にいた梨香さんから視線を感じた。


「軽音楽部のことはありがとう。じつはあの人たちのこと、少し苦手なの。教室も近いから伝えられるチャンスは多いけど、泉さんってなんだか怖くて……」


 彼女にも苦手なものがあるとは意外だが、その証拠に今まで見たことがないほどの暗い表情をしている。

 たしかに泉には近寄りがたい雰囲気があった。

 それに加えてパパ活をしているという噂もあり、梨香さんはそれを信じているようだった。



「街で泉さんを見かけたことがあるんだけど、待ち合わせみたいに立ってて、私に気付いたらすぐにいなくなっちゃったの。まさか、本当にパパ活しているのかな?」


「それはないと思いますよ。そもそも住んでいる地域を避けるでしょうし」


「そ、そうだよね。そんなわけないよね。私じゃあるまいし、裏アカで活動なんかしないよね」


「会長、裏アカなんか持ってるんですか?」


「ファンクラブ用のやつ。根岸くん以外には知られたくないから、秘密よ?」


 唇に指を当てると、梨香さんは桑原のことも苦手であることも告げた。



「彼がいつも泉さんの傍にいるから、よけいに近寄りにくくて」


「まさか、アイツになにかされたんですか?」


 乱暴を受けたのかと心配になったが、今まで衝突したことはないらしい。

 むしろ彼女は桑原を避けており、昨年の生徒会の活動においても軽音楽部への対応だけはアリーシャ先輩を含む、先輩たちに頼っていたらしい。


「今は私が会長だからしっかりしないと。次になにかトラブルがあれば私が対応するわ」


 胸をはる梨香さんだが虚勢であることはすぐにわかった。

 僕も関わりたくはないし、先程も五条たちがいなければ殴られていただろう。だけど、彼女が連中に近付いて危ない目にあうのはもっと嫌だった。


「会長、軽音部のことは僕に任せて下さい」


「ダメよ。そんなんじゃ逃げ癖が治らないもん」


「誰だって苦手なことはありますから助け合えばいいんです。予算については僕が窓口になりますから会長は安心して下さい」


「……いいの?」


「もちろんです。チームプレーで乗り切りましょう」


「ありがとう。なんだか私、根岸くんに頼りっぱなしだね」



 梨香さんがうっすらと頬を染めたので、なんだか僕も気恥ずかしくなってしまう。

 だが、嬉しいことばかりじゃない。引き受けた以上は常に責任が伴う。

 泉たちが予算のことを意見しにくれば僕が真っ先に対応しなければならないし、不手際があれば桑原から暴力を受けることだってあるのだから。

 覚悟を決めると、そこへ鈴音がタブレットを持ってやってきた。


「会長、根岸先輩、これを見て下さい!」


 見ると、生徒会のSNSアカウントに地元のラジオ局からDMが届いていた。


「地域行事を紹介する番組に出演してほしいみたいです! 収録は来週で、局の人が学校に来て録音しくれるみたいですよ!」


「面白そうだが上官の許可をとらねばなるまい。放送で変なことを喋れば軍法会議だぞ」


 美音の言う通り、ラジオへの出演となれば校長や理事長の許可が必要だろう。


「では私から伝えておきましょう。しっかりと説明すれば承諾してくれると思います」


 梨香さんの言葉に「ご一緒します!」と鈴音が挙手し、今日中に許可を取ろうと鼻息を荒くする。

 できるだけ早く返事を送りたいらしい。たしかに金曜(きょう)を逃すと返事は週明けになってしまう。今から始めたほうが打ち合わせもスムーズに進められるだろう。


「やる気になるのはけっこうだが、セクハラ理事長を前に喋れるのか?」


「う、うるさいわね! それぐらいできるわよ! 会長もいるんだし!」


 鈴音はイーッと歯を出し、梨香さんの腕に抱きついた。

 二人が生徒会室を出て行くと、美音が大きなため息を吐いた。


「鈴音に伝令兵は無理だろうと思ってな。砲撃を避けつつ塹壕を駆ける激務だというに」


「会長と一緒ですからきっと大丈夫ですよ」


 美音を安心させようと口にしてしまったが、そもそも梨香さんも理事長のことが苦手なはずだった。

 説明の途中でセクハラを受けて嫌な思いをさせられるのではないかと、僕も心配になってきた。


「あの、大将。僕も二人の援護に行ってきてもよろしいでしょうか?」


「志願するとは立派だぞ曹長。後の作業は私がやっておくから同行を許可する」


「ありがとうございます。では、自分はこれより会長と大将の妹さんの支援に向かいます」


「む? なにを言っている? 姉が私で、妹が鈴音だぞ?」


「え! てっきり逆なのかと思ってました、台詞も鈴音のほうが先にきていたし……」


「なにを意味不明なことを……。そんなことはいいから行け。成功すれば少尉にしてやる」


「はっ、根岸曹長、向かいます!」


 僕は二人を追って廊下を駆け出すのだった。

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