14.軽音部との衝突
解放感に包まれた金曜日の放課後。
全校集会を報せる音楽がスピーカーからかかり、僕を含む生徒たちはすっかり気勢をそがれた様子でぞろぞろと体育館へ歩いていた。
集会の内容は建学祭についてだ。
生徒たちはみな退屈そうだったが、それを咎めるように校長の背後に理事長が椅子に腰掛け、目を光らせていた。
理事長にとって建学祭は入学希望者を増やすための重要な行事。その気迫を感じ取ってか校長の話はいつになく迫力があった。
「みなさん。今月末は第八回目の建学祭が開催されます。当日はしっかりとお迎えできるよう、生徒会を中心に各部、生徒、職員が一丸となり、この行事を成功させましょう。では、山村理事長からも一言お願い致します」
理事長が演題に立ち、体育館は水を打ったような静寂に包まれる。
いつもは毅然としたスーツ姿の理事長だが、最近は忙しいようで全体的に窶れている。
話の内容は校長と大差なく、本校のモットーである『誠実、聡明、自立』の下、必ず成功させましょうという言葉で締めくくられるのだった。
集会がおわり、教室に戻る生徒たち。そのなかには理事長への揶揄も多い。
「そんなに学校を宣伝したいのかしら?」
「ねぇ、入学者を減らさない為に『スクールアイドル』を結成する案があったの知ってる?」
「は? アニメじゃあるまいし、そんなのアイツの趣味でしょ?」
「どん引きだよね。それとさ、生徒手帳にある異性交際の禁止って、理事長の発案なんだって。自分好みの女子が付き合うのが許せないからじゃないかって噂だよ」
「うわぁ、気持ち悪ぅ! 鳥肌出てきたぁ!」
「だいたい校則でなんでも決めすぎよ。なによ、校内には五千円以上のお金を持ち込まないようにしましょうって。そんなんじゃ生活できないっての」
様々な意見が飛び交うなかを歩いていると、三人衆が僕のもとにやって来た。
「ネギよ、生徒会はどうだ? あと、会長とのフラグは立ったのか?」
僕は近況を三人に報告する。
建学祭の準備は順調だったし、階級も曹長まで昇格できている。
唯一、軽音楽部から予算の返答がないのが気がかりだったけど、部室を訪ねても部長が不在で進展のないままだった。
梨香さんとの関係については、グッズを撮影した日から二人きりでいる時間が増えていた。
『好きなものに全力な梨香さんの方が、僕は、好きですよ』
と、彼女に本心を打ち明けたあの日からだ。自分に正直なほうが素敵と伝えたかったのだが、告白と誤解されてもしかたない。
むしろ、告白だろう。
梨香さんと交流した時間は僅かだけど、怖いぐらいに濃密だったし、一緒に生徒会の仕事をして彼女から感謝の笑みを向けられれば意識せざるを得なかった。
「俺たちも順調だぞ。SNSでの暴言を取り締るAIソフトを開発中だ」
「え? なんでそんな真面目なことしているんだ?」
「建学祭で評価が高ければ予算が増えるからな。まぁ、息抜きでハッキングとかしているけど」
「もうちょっとまともな息抜きをしろよ!」
不意に、前方に賑やかな集団を見つけた。
男女あわせて五、六人で、全員がベースケースなどを背負っている。
そして、その中心にいるのは軽音部の部長、泉智子だった。
適度に着崩された制服に、かすかに茶色に染めた髪をショートボブにした姿はお淑やかな梨香さんとは対称的な華があった。
「ちょうどいい。予算のことを訊きに行くよ」
「おい、まさかあの集団に突入する気か?」
「待て待て、タイプ不一致で瞬殺されるぞ!」
「死に急ぐとは愚かな……。介錯の準備をせねば」
たしかに相手は同じ学び舎にいながら住む世界の違う人たちだ。
関わりたくはないけれど、今は生徒会として伝えるべきことがある。
僕は拳をぎゅっと握りしめると、彼らの間合い踏み込んで声をかけた。
全員が立ち止まり、しかめ面で振り返る。僕への眼差しは異物を見るようなものだったけれど、他の部活との対談でその程度の先制攻撃には慣れていた。
「すみません、建学祭の予算についての連絡は届いておりましたか?」
僕は真っ直ぐに泉部長に顔を向けた。
取り巻きを気にせず、ボスに集中して短期決戦に持ち込まなければ僕のメンタルはあっという間にすり減ってしまう。
「あなた、生徒会の人?」
泉の眼差しは、同学年とは思えないくらい落ち着いていた。
「はい。この前の会議で、予算の後輩さんにお伝えしたので確認してもらえますか?」
早口になりすぎぬよう、そして相手の気持ちを逆なでしないよう、手早く伝えた。
「あぁ、聞いている。今日ちゃんと見ておくわ」
口元に笑みを浮かべる彼女に「予算が減ったみたいね」と訊き返されると、周りにいた部員が一斉に口を開いた。
「はぁ? そんなの聞いてないんだけど?」
「どうして俺らの金が減る? 大して活躍していない部から優先して削減しろよ」
「っていうか理事長に増やすよう交渉したの? それも生徒会の仕事でしょ?」
部員の言葉が矢のように刺さり、呆気なく心が萎んでしまう。
黄金のオーラを纏うほどに気合いを入れていたつもりだったけど、髪色はすっかり黒に戻っていた。
「私たちの予算の為に理事長のところへ交渉に行くのなら付き添うわよ? お願いするのは得意なつもりだから」
泉の言葉に女子の部員たちが「ナイスパパ活~~」と笑いながら手を叩いている。
「もう、変なこと言わないでよ。私は‘健全’なことしかしないんだから」
「ちょっと待て泉、俺たちが交渉する必要ないだろ! そういうのはこいつらの仕事だ!」
部員たちをかき分けて、ドラマーの桑原圭介が僕の前に現れた。運動部に劣らぬ体格の持ち主で、部の実績を後ろ盾に横柄な振る舞いをする悪い噂の絶えない生徒だった。
「おい、今年の予算はいくらなんだよ?」
「それはお渡しした資料に書かれているのでそちらを確認してもらえますか?」
「おい、なんだその言い方?」
しまったと僕は後悔の臍を噛む。
説明を省こうとする言い方では神経を逆なでするのも当然だ。
おまけに低めに設定した予算を伝えたことで、彼はますます声を荒げるのだった。
「はぁ! たったのそれだけかよ、予算は誰が決めたんだ!」
「僕です」
「なに?」
「予算総額は事前に決まっていましたが、各部への配分を決めたのは僕です」
桑原が僕に詰め寄る。
その後ろでは泉を含む部員たちが面白いものを見るかのように笑みを浮かべていた。
なんだい。僕はライオンの檻に入れられたネズミかよ。
しかし、ここで矢面に立たなければ梨香さんたちに迷惑がかかってしまう。
逃げるわけにはいかなかった。
「なんでお前なんかに俺たちの小遣いを決められなきゃいけないんだよ?」
小遣だと? これは予算であって、君たちの遊び金じゃないんだぞ!
「なんだよ、その納得してない顔は? はぁ、ダメだこりゃ。九条だっけ? 生徒会長(アイツ)に直談判するしかねぇな」
「この件に関して会長は無関係です。そもそも予算は小遣いではなくて活動費です」
感情が抑えられなくなり、僕も口調が荒くなってしまった。
「それに、少ない費用で耐えてもらっているのは他の部だって同じです」
「そんなこと知ったことか!」
桑原が廊下の壁に拳を打ちつける。
僕は毅然とした対応をつとめたが、それがますます怒りを増幅させたらしい。
「なめやがって!」と、彼の拳が僕へ向けられてしまう。
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