13.付き添いデート



『でてきなさい、ダイエル!』


 パールの叫びが紺碧の広間に響いた。

 そこには大小様々な水晶が並んでおり、彼女の仲間であるルビーとエメラル、バロンがそれらのなかに封じられていた。呼びかけても動くことはなく、宮殿内の妖しげな光が水晶内を屈折し、悲しげな顔を歪ませている。


『あら。あなたに招待状を渡した覚えはないんだけど』


 パールが振り仰ぐと、この宮殿の主であるダイエルが二階から下りてくる。

 しかしそこに床はない。

 彼女が優雅に足をだすたびに、ガラスのように透明な足場が宙に生じて階段の役割をはたしているのだ。


 ダイエルはカルルピたちと同じような年頃の少女だが、身につけているドレスはとても禍々しく、邪悪な魔法で容赦なく攻撃してくる悪魔のような宿敵なのだった。

 二人の戦いが始まり、辛うじてパールが勝利する。

 しかし、宿敵を前にして彼女は剣を捨てたのだった。


『さっさとトドメをさしなさいよ。その為にここに来たんでしょう?』


『……違うわ、本当の貴女はそんな人じゃない』


『はぁ? なにを言っているの?』


『思い出して! 貴女は、愛海はそんな人じゃないはずでしょ?』


『愛海? 寝ぼけたことを、そんな名前など知らないわ! そんな親をなくした孤独な娘など、存在しないのよ……!』


 しかし、そこでダイエルの様子が一変する。


『私が愛海ですって……?』

 

 なぜた? なぜ私は愛海のことを知り、彼女が親をなくしたことまで知っている?


『パールの言葉が正しいというの? そんなわけがない! 私はダイエル、私は、私は……!』


『貴女は愛海よ、本当の自分を思い出して!』


『だ、黙りなさい! 私が愛海のわけがない! もしそうなら私が今までしてきたことは!』



 真実を悟った瞬間、落雷のような衝撃に襲われ、ダイエルは悲鳴を上げた。床に伏し、喚き、髪をかきむしる。

 自分の積み重ねた悪行に耐えられるほど、彼女の心は強くなかったのだ。

 パールが、泣きじゃくる彼女を抱きしめた。


『愛海ちゃん、気付くのが遅れてごめん! でも、絶対に会えるって信じていたよ!』


 パールこと葉乃香が愛海に出会ったのは幼稚園の頃だ。

 引っ込み思案だった自分の手を引いてくれた姉のような存在だったが、親の転勤で引っ越すことになり離ればなれになったのだ。


 ――泣かないで葉乃香ちゃん。そうだ、これをかしてあげる


 鼻水を垂れ流して泣く葉乃香に、愛海はペンダントを差し出した。


 ――これは?

 

 ――私の宝物よ。次に会えたときに返してもらうから、それまで大切に持っていてね?

 

 ――うん、いつも持ってる! 無くさないようにする! だから、必ずまた会おうね!


 愛海を見送った葉乃香はペンダントを常に身につけるようになり、最愛の友との再会を信じる心によって、カルテットルピルスに選ばれることになるのだった。その友が、悪の手先に利用されていることも知らずに。

 愛海からダイエルの力が消失したことで、水晶は集まっていた蛍が飛び立つように外観をくずし、光の粒子となって宙に霧散した。

 解放された仲間とともに、パールは愛海の告白を受け止めた。

 引っ越しから数年後に両親が離婚し、再婚によってできた義母との関係も悪くて家庭に居場所がなくなり、そうした心の隙をつかれ悪の手先となっていたことを。


『でも、愛海さんが操られていたのなら、本当の敵はいったいどこに?』


 その答えは彼女たちの背後に並んでいた。

 宮殿の奥に、漆黒の衣を纏った人影が並んでいたのだ。


『あなたたちが愛海を操っていたのね! いったい何者なの?』


『我らの正体の前に、自分たちの身を案じてはどうだ?』


 足元が揺れると、床を砕き割って蛸のような巨大な怪物が出現する。


『危ない!』


 ぎちぎちと触手に縛り上げられ、悲鳴を上げるカルルピたち。

 愛海だけがパールに庇われて難を逃れていた。


『愛海ちゃん、はやく逃げて!』


『どうして私なんかのために……! 私は皆さんに迷惑をかけた、役立たずなのに!』


『いいや、そんなことない! 君のなかには希望を分け与える尊き心が眠っている! 自分を信じろ、葉乃香が悲しまぬように、あの宝物を譲ったときの心を思い出せ!』


『私に、そんな心が?』


『そうだ! 君こそが最後の仲間、ダイヤの名を授けられた戦士だワン!』


 バロンの言葉を受けた愛海から夏の夜明けのような目映い光があふれ、目も開けられないほどの光の奔流が邸宅をのみこんだ。


『なんだと、あの娘も変身するというのか!』


 狼狽する敵の前に純白のスカートに軽やかな甲冑姿の乙女が降臨する。

 彼女の戦斧が触手を断ち切り、怪物すら単身で倒してしまうのだった。


『私はカルテットルピルス! 固い絆を信じ、希望を与える者――ダイヤ!』


 すかさずダイヤの周りにパールたちが駆け寄ると、四人で決めポーズをとった。


『『『『カルテットルピルス、ただ今参上!』』』』


『おおっ、初めて間違えずに言えたワン!』


『ちっ。数が増えるとはな。ここは退くか』


『待ちなさい、逃げるつもり?』


『ああ。自己紹介はまた今度だな』


 一人が指を鳴らすと、爆音とともに邸宅が崩落し始めた。

 さらばだと、ローブの裾を翻すと敵の姿は跡形もなく消えている。

 屋根が倒壊し大広間を押しつぶそうとするも間一髪でパールたちは脱出し、彼女たちは稜線から崩落した宮殿を眺めていた。



『皆さん、今までご迷惑をおかけしてすみませんでした……』


 頭を下げるダイヤに、ルビーとエメルナが詰め寄った。


『これまでのお返しは黒幕を倒したあとでするわ。覚悟しておくことね?』


『そうそう。あと、新米なんだから私たちの言うことをちゃんときくんですのよ?』


『み、みんな! 愛海ちゃんをいじめないでよ!』


『うししし……。いじりキャラが増えたな』


『こら、パールに聞こえてますわよ!』


『え? 増えたってどういうこと?』


『葉乃香ちゃん、リーダーなのにお二人からいじられてたの?』


 愛海が新たな仲間として認められたところで映画は幕を閉じる。

 エンディングでは四人のダンスシーンが映り、客席の子どもたちがネオンライトを振っていた。



「凛、ライトを振らなくてもいいのか?」


 左隣に座る凛に訊くも、それどころではない様子だった。


「ううっ、皆と仲直りできてよかったねダイヤちゃん……」


 涙がマーライオンのごとく溢れ、ポップコーンがびしょ濡れになっている。

 内容もさることながら映画館に来たのも初めてだったのですべてが衝撃的だったのだろう。

 客席が明るくなっても泣き止まず、部屋に残るは僕らだけとなってしまう。


「しょうがないわ。お家で見るのとじゃ迫力も感動も段違いだもん」


 向かいにいた梨香さんがハンカチで凛の涙を拭きながら、こんなことを囁いた。


「凛ちゃん、はやくしないとパンフレットが売り切れちゃうわよ?」


「あ、そうだった! お兄ぃ、急ごう! お財布かして!」


「変身はやっ! あ、こら、僕の財布をとるな!」


「凛ちゃん一緒に行こう? 私もほしいグッズがあるの」


 僕の財布をひったくる凛だが、梨香さんが呼び止めると素直に投降する。

 三人で売店へ向かい梨香さんと凛はそれぞれ買いたいものを選んでいた。


「梨香さん、僕が支払うので売店から離れていて下さい。すごい人ごみだし、このままじゃ凛とはぐれちゃうかもしれません」


「え? でも、代金は?」


「僕が済ませておきます。前売り券をいただいたお礼です」


 会計を済ませて映画館を出てると、美味しそうな匂いが外食店の集まるフロアから漂ってきた。

 昼食をとることにして、僕らはレストランに入る。時刻は十三時。お昼時を少し過ぎたおかげか、すんなりと席につくことができた。


「え~~と、なにを食べようかな? ハンバーグとカレー、どっちにしよう?」


「私がハンバーグを頼むから凛ちゃんはカレーにすれば? それで半分こにしよう?」


「いいの? わ~~い、どっちも食べられる!」


「すみません店員さん。私はハンバーグランチでこの子にはカレーをお願いします。あ、彼には鯖の塩焼き定食をお願いします」


「え、なんで僕のメニューを勝手に決めたんですか?」


 しかもよりによって辛気くさい定食をだ。

 オムライスが食べたかったのに……。


 

 鯖の骨をむしりながら、僕は対面に腰掛ける梨香さんたちを見据える。

 談笑しながらご飯を分け合う姿は仲の良い姉妹のようだが、楽しんでいるようでも梨香さんは注意を怠っていない。注文前は凛のアレルギーを訊かれたし、火傷しないようにハンバーグを切り分けてくれていた。


「ありがとうございます。今日ここに来られたのも梨香さんのおかげです」


「ううん。凛ちゃんといるのは楽しいし、映画だって初めて前列で鑑賞できて嬉しかったわ」


「初めてって、どういうことですか?」


「女児アニメの映画に来たときは最後尾を指定して、上映時間を過ぎて暗くなった頃に入場してたの。ショーと違って映画は一時間以上も同じ席でしょう。そんな長時間も周囲のお客さんから変な目で見られるのは耐えられないもん」


「そうだったんですか……」


「皆と一緒なおかげで前列に座れたし、変装もしなくていいから身軽なの」


「そう、ですね。今日の服装、とても、似合ってますよ」


「うん、ありがとう。根岸くんにそう言ってもらえて、嬉しい」


 変装時とは違い、彼女は魅惑的な姿をしている。

 黒いトップスにスリットいりのロングスカート。

 そして少しお化粧や香水もしている。これでヒールなんか履いたらランウェイを歩くモデルのようだけど靴はスニーカーだ。お洒落しつつもお転婆な凜に付き添えるようにあえて歩きやすいものを選んでくれたのだろう。



「はい、お兄ぃ、あ~~ん!」


 と、凛がカレーのスプーンを差し出してきた。

 口を開けてみるも、凛はそれを差し出すふりをして自分の口へ入れてしまう。

「あ、また騙された!」と笑う凛に梨香さんが吹き出していた。


「凛ちゃん、ダメよそういうことしちゃ!」


「いつもやってるよ? 梨香ちゃんもやってみれば?」


「え? そ、それじゃお言葉にあまえて……」


「どうぞ、開けておきますよ」


 真実の口のごとく開口しておくと、梨香さんが笑いながら「あ~~ん」と、ハンバーグを差し出してくる。

 途中でUターンするのかと思いきや、彼女は切り分けたそれを僕の口に入れてくれたのだった。


「ふぇ、いいんですふぁ?」


「だって、可哀想だったし。美味しい?」


「はい、とっても……」


「あ、遥兄ぃが梨香ちゃんのご飯をとった! お返ししなきゃダメだよ!」


「そんなこと言っても、もう漬物しか残ってないぞ?」


「え? 私、お漬物好きよ? ちょうだい?」


 梨香さんが身を乗り出し、小さな口を上品に開けてくる。慌てて箸を拭くと「そんなことしなくていいわよ」と笑みを浮かべ、僕が差し出した漬物を美味しそうに頬張るのだった。


「ご馳走様。でも『あ~~ん』って言ってほしかったなぁ」


「ちょ、そんな無理難題をふらないで下さい!」


 梨香さんと外出なんて初めてだったし、そんなことを言われてはデートしているような心境になってしまう。

 これはあくまで凛の付き添いなのだと僕は自分に言い聞かせるも、胸の高鳴りを止めることはできないのだった。


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