09.景品の条件
「なんだがアナタってお兄ちゃんキャラね。家族って、もしかして妹のことなの?」
ビスケットをかじりながら、僕は副会長へ頷いた。
「ふ~~ん。会長から聞いたけど、帰宅部だったのね。もしかして妹さんのお迎えのため?」
ビスケットを咀嚼しながら、僕は首肯した。
「ご両親が忙しいから代わりをしているのね。立派だわ」
ビスケットをお茶で流しながら僕は首を振った。
無理に飲みこんだせいでしゃっくりがでた。
「Oh、なんか急かしてごめんね……」
「ひっく、すみません、すぐに治りますから。ひっく!」
「根岸くん平気? 保健室へ行きましょうか?」
「平気ですって、これくらいでわざわざ行かなくても――。うっ、痛い!」
会長と目が合った瞬間、突如として激しい頭痛に襲われ、脳内に彼女の声が響いてきた。
『カルルピカルルピカルルピカルルピカルルピカルルピカルルピ……!』
念仏のように繰り返されるも、目の前の会長は口を閉ざしている。いったいどういうことだ?
『これって会長の仕業ですか? 変なテレパシーを送るのを止めて下さい!』
『打ち合わせが終わったんだから話の続きをしましょう! 早く廊下へ出るわよ!』
作画崩壊な変身だけでなくこんな異能力まで使えるとは。ジャンルの壁を越えた要素を持ち込まないで下さい。
退室して人気のないところへ移動すると「さっきの話はどういうこと?」と、初太刀から切り込まれた。
「その前に、会長にお訊きしたいことがあります」
「なによーっ。もう昼休みが終わるからはやくしてよね」
幼児のように怒りを露わにする会長だが、もう顔芸に驚いたりはしない。
「会長、ひっく! Vチューバについてひっく!」
「まずはしゃっくりを止めて。ほら、温かいお茶を上げるから」
「すみま、ひっく! せん」
会長の水筒をおかりして紅茶をのむ。
「で、なにを訊きたいの?」
「会長って、解説動画についてどう思います?」
「ギクッ……!」
あ、やっぱり。
効果はばつぐんだ。
それにしてもなんてわかりやすい反応だ。
「自分で動画を作成したりなんかしていませんよね?」
「…………」
「まさか、カルルピの解説動画を投稿していませんか?」
「…………」
「どうして黙っているんです?」
「…………ちょっとなに言ってるか分かんない」
「なんでなに言っているか分からないんですか!」
サンドウィッチが好きだからってボケのしかたまで真似しないで下さい。しかも首の傾げ方までそっくり。
「学校で許可されているアルバイト以外は禁止ですよ。広告収入もマズいんじゃないですか?」
動画は再生数五、六万をキープしている。本数も多いので無収入ということはないだろう。そっぽを向いて下手くそな口笛を吹いていた会長が、僕へと振り返った。
「えへへ、根岸くんって優しい人だと思ったのに……」
「顔をデフォルトに戻してもダメです。もし理事長に知られたら退学させられますよ?」
「だ、だって、お小遣いだけじゃグッズが揃わないし、衣装も作れなくてコミケのコスプレ会場にも行けないんだもん!」
コミケにも遠征されてるんですか? 未成年はコスプレしちゃダメなんですよ?
「だからって校則は守らないと。仮にも生徒会長なんですから」
「うう、それはわかっているけど……」
咎めるつもりだったが、顔の輪郭をぶちこわして泣く会長になにも言えなくなってしまう。彼女だって自覚しているようだし、これ以上責めるのは酷だろう。
僕は話題を戻した。
「クイズの景品についてですが、凛の出した条件をクリアすれば譲ってもらえますよ」
「えぇ! 教えて! その条件って何なの? 私、どうすればいいの?」
感激のあまり額から触覚がみよんみよんと生えてくる。せめて猫耳にしてほしい。
「そのまえに触覚をしまって下さい。虫タイプじゃないんだから」
「ちょっと、誰がコロボーシですって!」
「あ、ゲームにもお詳しいようで……」
「女の子に昆虫だなんてありえないわ! 普通は兎とかでしょう!」
ぶつくさ言いながら会長が顔をあっちに向けて額をいじり、しばらくして振り返れば元通りに戻っている。だんだんとこの顔芸が面白くなってきた。
「昨晩、凛がグッズの転売を見てしまったんです」
「転売ですって?」
カルルピのグッズを閲覧しているとオークションサイトにたどり着き、そこにはなんとクイズ大会の景品が高額で販売されていたのだ。
『おうぐぐぅぅぅ! きっと悪者の手先だよ!』
それを見つけるなり亀の大怪獣のような鳴声をあげる凛だが、その気持ちは僕にもわかった。
『ひどいな、景品をこんな高値で売りつけるなんて……!』
『パールはお金儲けの為にプレゼントしたわけじゃないのにぃ!』
火球を吐き出すような勢いでそんなことを叫ぶと、凛はこんなことを訊いてきたのだ。
『ねぇお兄ぃ、このペンダント、誰かにあげてもいい?』
『どうしたんだ?』
『私が貰えたとき嬉しかったもん。パールたちだってたくさんの人に喜んでほしいはずだから、欲しがっている人に譲るの。そしたらその人は悪者から買わなくてよくなるでしょ』
『でも、それは限定品だ。二度と手に入らないんだぞ?』
『これを貰うためにお兄ぃが連れていってくれたのが、凛の一番の宝物だもん』
その言葉に不意をつかれ、僕は眉間の奥が熱くなってしまった。
『お兄ぃ、どうしたの? 風邪ひいたの?』
『なんでもないよ。だけど、お前がそれを譲ると、その人にも転売されるかもしれないぞ?』
『わかってるもん! だから、本当に受けとる資格があるか凜がクイズを出題してチェックします! 名付けてカルルピ検定!』
『知識があるだけじゃ大切にするかわかんないぞ? ファンでも転売する人はいる』
『それならクイズを受ける前に、カルルピのグッズを掲示するルールをつくります! そのレア度や数を考慮してクイズを受けられるか判定しま~~す!』
『最低でも一点のグッズが必要ということか。コミケの参加条件みたいだな』
グッズの収集量と、作品への知識。その二つが凛の出した条件なのだった。
「ひどいわ、限定品を高額転売するなんてぇ!」
「あの、会長! 放課後までスマホの使用は校則違反ですよ……!」
それを伝えるなり、会長は真っ先にオークションサイトで転売の実態を目の当たりにしていた。
その怒りの波動で足元が揺れ、廊下の窓も震えている。テレパシーの他にサイコキネシスまで使えるとはとんでもない人だ。
会長……カルルピのことになると豹変する。
タイプ1 むし
タイプ2 エスパー
図鑑のように説明するとこんな感じか。
あれ、これって地味に強いぞ?
「なによこれ、海賊版の商品まであるじゃない!」
「え? でも商品の説明欄にファンクラブの公認って書いてありますよ?」
「私たち、そんなものを許可してないもん!」
「まかさファンクラブにも入っているんですか?」
「出品者のアカウント名はこれね? 運営サイトに抗議の連絡をして、あとは消費者センターに通報、それから名誉毀損で民事訴訟させてもらうわ!」
とんでもないパワーワードを連発する会長。
海賊版や転売はダメ、ゼッタイ。でないとこの人が家にやって来るぞ。
「根岸くん、ボサッとしてないで手伝ってよ!」
「え、なにをですか?」
「運営サイトに通報するの! ほら、これがURL!」
「会長、だからスマホはダメですって!」
アプリでページを転送され、出品者の通報を手伝うことになってしまった。
調べてみると他にも怪しいアイテムも出品していたから確信犯のようだ。
相手が悪人とはいえ、校則を無視する僕らも非難されてもおかしくないだろう。
「ねぇ根岸くん、今日の会議が終わったら私の家に来てくれない? グッズを見せたいの」
一緒に断罪を終えると、そんなことを言われた。
「それなら写真を撮って転送すれば済みますよ?」
「根岸くんなら凛ちゃんが一番喜びそうなグッズがわかるでしょ? せっかくだから部屋でそれを選んでほしいの」
「なるほど。わかりました。僕が写真を撮らせてもらいましょう」
「あとはクイズね。どれほどの難易度か、同じカルピリストとして受けて立とうじゃない」
「いきなりカードバトルみたいな台詞ですね。ちなみに同じ保育園の子や保育士さんが挑戦したみたいですけど、ことごとく返り討ちにされたみたいですよ」
「え、子ども相手に大人まで参戦するなんて……。節操がないわね」
「会長だって他人のこと言えないでしょ?」
「私、未成年だから子どもだもん」
つーんと顔を背ける会長に、僕は苦笑いを浮かべる。会議を終えたら一緒に下校することを約束し、僕らは生徒会室に戻った。
保健室に行ったけど、しゃっくりごときで病床を使うなと怒られたと報告すると、皆からそりゃそうだろうという顔をされたのだった。
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