10.二人きりの帰路
放課後になった。
会議室にはパソコン部に手芸部、吹奏楽部などの部長たちが集まっている。
建学祭では来賓者に教育実績を披露するため、各部で催し物を行うか、コンクールでの実績などを展示しなければならないのだ。
部長たちに僕が決定した予算を伝えるとおおむね合意は得られたが、一つだけトラブルが発生する。
難敵と思われた軽音楽部の部長が欠席し、その代わりに入部したての一年生が会議に現れたのだ。
新入生に責任を負わせるわけにはいかないので、生徒会としては伝言を託すしかないのであった。
「せっかく私たちが作戦を考えたのにサボられるなんて!」
「防衛線の裏をかかれるとは不覚、これではマジノ線の二の舞だ!」
キシャーっと、怒声を上げる立花姉妹。
その腹いせに僕の袖で爪研ぎしないでほしい。っていうか作戦の発案は僕なんですけど?
「Not bad。他の部からは賛成されたし一歩前進よ。催促すれば反発されるだろうから、とにかく明日まで待ってみましょう」
会議を終えると窓の外はすっかり暗くなっていた。
僕と会長は、机を片付けながらペンダントのことについて密談していた。
「もう遅いから撮影は止めましょう。明日、私が家からグッズを持ってくるわ」
「早くしないと誰かに先を越されるかもしれませんよ。帰りが遅くなっても平気ですから、今日中に撮影しましょう」
「でも……」
「それに、玩具の持ち込みは校則違反です。会長ともあろう人が副業の他にも悪事を働くつもりなら、理事長に密告しますよ?」
「もうっ、根岸くんの意地悪」と、会長が照れ笑いを浮かべ、僕も思わず歯を出していた。今日は母さんが早めに帰れるから遅くなっても平気だ。それに、撮影というのは建前で僕はもう少し梨香さんと一緒に過ごしてみたかったのだ。
「やっと片付けが終わりましたよ。疲れた~~」
「一七三〇、状況終了。これより撤収する」
帰り支度をして下校する。
副会長と立花姉妹とは途中で分れ、僕は会長とともに家路につく。
登下校の時間が合わなかったので知らなかったが、僕らの家は同じ方向だったようだ。
並んで歩きながら、僕は会長とカルルピについて語り合っていた。
「根岸くんも妹さんと一緒にカルルピを見ているの?」
「はい。エンディングのダンスも覚えさせられましたよ」
「嘘っ? 踊ってみせてよ」と、意地悪な笑みを浮かべてきたので、冒頭の振り付けを披露すると彼女は一瞬で破顔し、苦しそうにお腹を抱えた。
もちろん周囲に人の姿がなかったからできたのであって大勢の前で披露する度胸はない。
「やめてよそういうの、窒息するかと思ったわ!」
「会長が命令したんじゃないですか! っていうか、会長だって踊れるでしょ?」
「当たり前よ、前作のだって踊れるわ!」
どうやらカルルピ以前の作品も見ていたようだ。
毎年の一月から新作が始まり、翌年にも似たような系統の作品が同じ時間に放送される。
女児アニメに限らず、日曜の子ども向け番組とはそういうものだ。
「去年の作品は覚えてないですね。凛がまだ興味を持っていなかったから」
「ふっ、根岸くんもまだまだね。私はすべて網羅しているわ。一作目からのタイトルとストーリーを順番に教えてあげましょうか?」
「いえ、それはけっこうです。でも、歴代の作品を見ている会長でも、カルルピへの愛はトップクラスみたいですね」
「もちろん、あれは傑作だもん! 一生懸命なパールちゃんを見ていると私も頑張ろうって思えるし……!」
不意に会長がそれまでの笑顔を萎れさせ、深いため息を吐いた。
「どうしました?」
「ううん。カルルピを見ていると、時々怖くなることがあって」
「どうしてですか?」
「根岸くんだってわかるでしょう? 理想(アニメ)が素晴らしいほど、現実(リアル)で打ちのめされるときのショックが大きいもん。学校で頑張っていれば、いつかヒロインたちみたいな素敵な人になれるって信じてたけど、そんなのありえないってわかってきたし」
会長は物心ついた頃から日曜のヒロインアニメが好きだったらしい。
気高い彼女たちへの憧れから小学校の頃は学級委員を、中学から生徒会に務めて今に至るのだが、どんどん理想(ヒロイン)の姿から離れている気がするのだという。
「生徒会長っていろんな人の我儘を聞いてぺこぺこするだけなんだもん。てっきり皆をかっこよく助けられる人なのかと思っていたのになぁ」
「でも、それでも生徒会長を続けているんですよね? 投げ出さないなんて凄いことですよ」
「そう、かな?」
「もちろんですよ。そもそも会長(リーダー)って全員の意見を聞いてバランスをとるのが仕事だから、悪を成敗するヒロインと活動内容が違って当たり前ですよ」
「へぇ、そう言われればそうね。意見を調整することばかりだわ」
「理不尽な要求もありますけどね。僕も中学のとき生徒会にいたから大変さはわかります」
「えっ? 今、なんて言ったの?」
「はい、中学のとき生徒会に入っていたんですけど――」
「――なんで黙っていたの! そういうことを早く言ってよ! もしかしてそのときも会計してたんでしょ? だから予算作りや会議にも慣れてたのね!」
「は、はい。じつはそうなんです」
会計を務めたのはお金の流れが気になる性分だからだ。
だけど、それなら他の部活でもできること。
あえて生徒会を選んだのは一番リスクが少ないと思ったからだ。
「リスクって、なんの危険があるの?」
「ほら、部活に入るとお金がかかるじゃないですか。ユニフォーム代とか楽器代とか……」
「えぇ? 根岸くん、そんなこと気にするの?」
会長が唖然としている。まるで僕が初めて彼女の本性を見たときの眼差しだ。
「お、親が倹約家だったので、僕もそういうふうに育っちゃったんですよ……」
「そうだったのね。そういえば茶道部でも着物のレンタル代が必要だったし、たしかに生徒会が一番お金かからないかもしれないわ」
「間違った動機かもしれませんが、その経験のおかげで会長の役に立てられそうです」
「うん。ありがとう……」
頷く会長だが、なにか物言いたげな顔をしている。
「あの、なにか?」
「そんなことないよ。ご両親のことを考えられるなんて偉いわ。私なんてグッズ欲しさにお小遣いの前借りを頼んだりしているし」
「そ、そうなんですか」
その時にも土下座しているのか気になったが、訊かないでおいた。
「根岸くんって本当にお兄ちゃんキャラね。自分は後回しで、いつも誰かを優先するんだもん」
「いえいえ。相手が、その……」
相手が会長だから気遣いたくなるのだと言いたかったが、いくら二人きりでもそんなことを告げる度胸はないのだった。
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