08.会議への不安


「根岸くん。昨日は、ごめんなさい」


「え?」と、僕は拍子抜けする。


 景品をねだられるかと思いきや、頭を下げられるとは。


「席を譲ってくれる人から景品を奪おうとして、ストーカーまがいのことまでするなんてどうかしていたわ……。私、異常よね?」


「あ、いや! そんなことありませんよ! 誰だってどうしても欲しいものがあったりしますし、家に電話しただって秘密にしたかったからですよね? 誰にも話してないから安心して下さい。留守電のメッセージもすぐに削除しましたから」


 僕の親に聞かれたら、面倒なことにもなるし。


「ありがとう根岸くん……。私、カルルピのことになると暴走しちゃうんだけど、もうこんなことがないように気をつけるわ……。それに、あの問題に答えられるのなら、妹さんは間違いなく本物のカルピリストよ。あの子こそ景品を持つのにふさわしいわ」


 カルピリスト?

 ガチ勢さんにそんな呼称があるとは初耳だった。


「会長の秘密(しゅみ)は必ず守ります。だからもう泣かないで下さい」


「うん。ありがとう……」


 目尻を拭う会長に、僕は慌ててハンカチを渡した。


「ところで、根岸くんの要件ってなんなの?」


「あっ、そうだった。よろしければ生徒会に入らせていただけないかと思って」


「え? 昨日のことは気にしなくていいのよ? 私が変なことを言っただけなんだから?」


「いえ。これは僕の意思です。勝手に建学祭の予算配分を決めちゃってますし、その責任をとらなきゃいけません。凛の迎えがあるときだけは早めに帰らせてほしいんですが……」


「もちろんよ、歓迎するわ! よろしくね、根岸くん!」


 満面の笑みで会長が僕の手を握る。

 彼女に喜ばれるのなら昨日のトラブルなんて安いものかもしれない。

 それに、建学祭の運営に関われることに少しわくわくもしてきた。大変なことも多いかもしれないけれど、学校行事を自分流にアレンジできるのは面白いだろう。



「それでもう一つの要件は?」


「大したことではありません。凜が景品を誰かに譲ろうとしているみたいなんですけど、会長が納得されたのなら――」


「――なんですって、詳しく教えて!」


「うひゃあぁ!」


 ガルルーと吠えながら組みつかれ、逃げようにも両肩はがっちりと掴まれている。


「どういうこと、私にも受け取るチャンスがあるの?」


「お、落ち着いて下さい、暴走モードになってますよ! あ、立花姉妹だ!」


「嘘っ、もっと早く教えてよ!」


 僕らが離れたところで、廊下の奥から姉妹が駆け寄ってきた。



「おはようございます会長。もしかして喧嘩してました?」


「近接戦闘の訓練ですか?」


「彼のコンタクトがずれたみたいで、首を振って戻そうとしたの。そうよね、根岸くん?」


「え、両目とも視力Aなんですけど……。っていうかそんなふうに直すんですか?」


 瞬きする間に顔を戻した会長がそんな嘘を平然とつく。しかも姉妹は「なんだ」「そうでしたか」と疑おうとしない。

 君ら本当に信じているのか?


「根岸先輩がここにいるってことは、もしかして生徒会に入会されたんですか?」


「はい、私たちと一緒に活動してくれることになりましたよ」


 わーっと、両手を上げて喜ぶ姉妹。


「これで戦力倍増です!」


「よろしく頼むぞ兵長!」


「よ、よろしくお願いします。っていうか、いつの間に兵長に?」


「では、さっそく荷物持ちをお願いします」


「我らの昼食だ。生徒会室まで運んでくれ」


「なにこれ、重ッ!」


 鈴音のリュックを受け取り、その重量に驚かされた。

 五、六キロありそうだが、二人分の弁当が入っているとはいえ重すぎないか?

 


 ひーひー言いながら生徒会室に入ると、そこには既に一人の女子生徒がいた。

 リボンの色からして三年生だ。

 モデルのような高身長で、後ろ髪を緩やかにカールさせてふわりと肩に掛けている。そしてその髪の色は、ブロンドだった。


「こちらはアリーシャ・リード副会長。先々代の会長で、私たちをサポートしてくれているの」


「Hi。アナタが根岸くんね。今後ともよろしく」


 副会長は留学生らしい。

 人形のように整い過ぎた顔だが、笑顔は生き生きとしたものだった。


「生徒会は大変よ。途中で辞める人も大勢いたけど、あなたは大丈夫かしら?」


「もちろんです。足を引っ張らないよう頑張ります」


「彼には建学祭の終了まで会計を担当してもらいます。皆さんもそれでよろしいですか?」


「はい。異議ありません」


「横領したら軍法会議だからな。邪なことを考えるなよ」


「OK。心配無用よ。ナードって生真面目で、黙々とした作業が得意だから」


 副会長の冗談にくすくすと笑う立花姉妹。

 辛辣な洗礼にさっそく心が折れそうになる。

 なんだい。後ろ姿だけをみれば僕だって陽キャにみえなくもないぞ。

 


 いじける僕をよそに、会議の打ち合わせが始まる。

 今日の放課後に各部長に会議室へ集まってもらい、建学祭の予算について説明するという。


「問題があるとすれば軽音楽部からでしょう。あの金額なら必ず苦情がくるはずです」


「え、あれだけ多く配分したのにですか?」


 僕は軽音学部にかなりの予算を割り振っていた。

 去年の建学祭でも一番の集客力があったことを考慮してだ。


「この予算で納得してもらうしかないと思うんですが?」


「私もそう思うわ。でも、軽音部から了承を得るのは難しいと思います……」


 と、苦笑いを浮かべる会長。

 うちの軽音部は全国規模のフェスに入賞するほどの実力がある。

 その実績を後ろ盾にしているのか、むかしから予算や部室の設備などについて生徒会への要求が多く、ときには無茶な要望も押しつけられてきたらしい。そうした横暴さについては理事長の性癖と同じく、新入生の間でも知れ渡っているようだった。


「私のクラスメートが入部しましたけど、顧問がほぼ不在で部長が仕切ってるみたいですよ」


「うむ。もしかすると潤沢な予算を懐にいれているのかもしれん……」


「Hey。考えすぎよ。連中だってさすがにそこまでしないわ。それに、今回は建学祭だから文化祭のときよりも大人しいはず」


「そうですね。でも、もしダメだったらまた理事長にお願いしなきゃいけません……」



 会長の顔が曇るのを見て、僕は彼女のことが心配になってしまう。

 軽音部と理事長の板挟みにされてさんざん嫌な思いをしてきたのだろう。

 少しでもその負担を減らせるよう、僕なりに考え、ある妙案を思いついた。


「それなら、今日の会議では正式な予算よりも低めに伝えましょう」


 僕の言葉に全員が訝しげな目を向けてくる。


「もちろん反対されるでしょう。そこで、部長を相手に今日は検討すると内密に伝えて、後日正式な予算を伝えれば納得させやすくなります」


 一方的にこちらの値段を伝えるよりも、交渉に応じたという建前があれば妥協してもらいやすくなる。

 例え高値で掴ませても、得をしたという心理があれば人は満足するものなのだ。

 最初は戸惑っていた皆も、僕の説明に徐々に聞き入ってくれている様子だった。


「そうですね……。そんなことされたら私も納得させられちゃうかも?」


「見事な作戦だぞ、これが成功したら軍曹に昇格してやる!」


「意外と腹黒いboy ね。会計に抜擢された理由がわかった気がするわ」


「ありがとうございます。これでうまくいけばいいですけど」


「真っ向勝負するよりも絶対にいいわ、皆さん、その作戦でいきましょう!」



 打ち合わせが終了すると、僕らは生徒会室でランチタイムとなった。

 副会長は購買の弁当を食べ、九条会長もむはむとパンに口をつけている。


「梨香ったら今日もサンドウィッチなのね。飽きないの?」


「はい、大好きなので」


 野菜や焼卵のはいったそれは手作りらしく、とても美味しそうだった。

 僕が弁当に箸をつけようとすると、ずいっと隣から鈴音が顔を覗かせてきた。


「このお弁当可愛い! 根岸先輩の手作りなんですか? 早起きして作れるなんてすごい!」


「家族の分を作って、その余りを詰めているだけですよ?」


「そんなことないですよ。いいな~~、私なんてレーションです。美音が通販で買うんですけど、食べきれなくて付き合わされているんです」


「え、レーション?」


「うっ! でも、今日はフランス軍のやつだから美味しいはずだ!」


 姉妹の前には缶詰やビスケット、インスタントコーヒーが並べられている。

 これらが原因でリュックが重かったようだ。どれも見た目は野暮ったいものの、眺めているだけで無性に食欲をそそられてしまう。



「む、どうした兵長? お前も食べてみたいのか?」


「え、あ、はい……。もしよかったら分けてくれませんか? 一度ミリメシを食べてみたくて」


「貴様はミリメシの良さを理解してくれるんだな! よし、分けてやろう!」

 

 美音に礼を言って、僕は缶詰に手を伸ばす。

 なるほど。

 ボリューミーだし味が濃い。


「遠慮なんかしなくていいぞ! もっと存分に食べるがいい!」


「もう! 美音ったら、本当は食べきれなくて困っていただけでしょ!」


「ち、違う! 新兵にレーションの素晴らしさを教えてやろうとしているのだ!」


「あはは……。ありがとうございます。お言葉にあまえてもう少しいただきますね?」



 意地を張って苦しそうに頬張る美音の姿を放っておけなくなり、僕はふたたび手を伸ばした。

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