07.根岸くん、ご指名ですよ


 午前仲の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムがなった。

 学食や購買に向かう生徒たちで校内が慌ただしくなる一方、僕はクラスメートの減った教室で、三人衆と机を合わせて持参していた弁当を取り出していた。


「はぁ? たかがそんなことを話すのに放課後まで待つ必要なんてないだろう?」


 五条に言われて曖昧に頷く僕。

 昨日の出来事を正直に話せば会長の学校生活に支障が出るだろうし、彼女からも秘密にしてほしいと願われていたので、僕は予算案を作ったことが評価されて生徒会に勧誘されたと報告したのだ。


「自分の固有スキルが認められるなんて幸運だぞ。さっさと一軍パーティで無双してこいよ」

「うん。真剣に入会するつもりだよ」


 僕の台詞に三人がおおっと声を上げる。

 勝手に予算を決めた責任から入るつもりだったが、三人には下心があると思われているらしい。その証拠に話題は会長のことばかりになっている。


「会長さんって彼氏はいないみたいだよな。人気ありそうなのに」

「陽キャが何人も告ったみたいだけど、全員断られたらしいぞ」

「もしや百合ではあるまいか。それならそれでいいものだが……」



 彼女はどんな人間が好みで、趣味は何なのかと話し込んでいる。


「百合かどうかはわからないけど、趣味なら心当たりがあるよ」

「おおっ、本当か! その話題で少しずつ距離を詰めていけばいいじゃないか!」

「いや、それに触れる度に僕のライフポイントが減っていくんだよ……」

「なにをわけのわかんないことを言ってる? とにかく、せっかくの機会なんだから頑張って攻略してみろ! 仲良くなって休日デートすることになったら服や鞄も新調しろよ? お前さんの‘お小遣い’に合わせてぴったりな服装を選んでやるからな?」


 僕は全力で首を振るう。

 三人に選ばせたらバックパックにビームサーベルだの装備させられるに違いなかった。



 不意に背中に鋭い痛みが走り、僕は反射的に振り返ってしまう。

 しかし、背後には誰もいない。

 クラスメートが昼食をとっているという、いつも通りの風景が広がっているだけだった。


「どうした? 思春期特有の嫌な予感か?」

「それとも右目が疼く系の身体にでもなったのか?」

「まさかこれが二度目のやり直し人生で、ここが分岐点というわけではあるまいな?」

「いやぁ、なんでもないよ。変な動きしてごめん……」

「っていうかお前、昼飯食べないのか?」


 三人が箸を進めるのを横目に、僕は弁当の蓋を開かずに座っていただけだった。

 僕は教室の時計を見上げる。

 昼休みが始まってまだ間もない。

 三人との話しに熱中しかけていたけど、今から会長のところへ行けばランチタイムを邪魔せずに会えるだろう。

 彼女からは放課後にと言われていたが、僕から伝えたいことがあったのだ。


「昼食の前にやりたいことがあったんだ。ちょっと今から行ってくるよ」



 そこへけたたましい足音が近づいてきた。

 見ると、クラス内でも発言力のある女子グループが僕らのもとへ飛び込んできたのだ。


「おい、ネギ!」

「アンタ、いったいなにをしたのよ!」

「指名って、どういうことよ!」


 上級女子の方々に取り囲まれ、僕は怖ず怖ずと「なんのことでしょう?」と訊いた。


「とにかく来なさい! ほら、さっさと歩け! アンタたち、コイツをかりるわよ!」


 三人衆が無言で頷いた。

 陽キャの人ってすごい。他人のグループに怯むことなく飛び込んで普通に会話できるんだもん。

 相手のATフィールドを破壊し、さらには地形効果も無効化できるパッシブスキルなんて僕らには理解できない能力だった。



「ほら、挨拶しろ!」


 彼女たちに廊下へ連れ出されると、そこには九条会長がいた。


「ごきげんよう、根岸くん」

「お、おはようございます会長……」


 まさか向こうから訪ねてくるとは予想外だった。


「用事があってうかがいました。もしよければ生徒会室でお昼をご一緒できませんか?」


 おおっ! と、ランチのお誘いに女子たちが声を上げる。


「よかったな、ネギ!」

「こら、もっとしゃきっとしろボケナス!」

「お前はモヤシか!」


 ネギかナスビか、それともモヤシなのかはっきりしてほしい。

 野菜人間の僕が了承すると、会長が腕をするりと絡みつかせてきた。


「ありがとうございます。では、参りましょう」


 昨日のことがあったとはいえドキッとするような魅惑的な笑みだった。

 おまけに女子たちからひゅーっひゅーっとはやし立てられるものだから余計に恥ずかしい。

 並んで歩くにはさぞ不釣り合いな組み合わせだろう。奇妙なものを見るような目で同級生が横切っていく。

 物心ついた頃から地味な見た目と性格のため、どこにいても脇役に徹することが常態化していた僕にとってこれは拷問にも等しかった。



「会長、これって僕への嫌がらせですか?」

「え、どうしてそうなるの?」

「こんな姿で校内を歩いたら、上位勢の方々から満場一致で処刑されますよ」

「そんな陰湿なことしないわ。昨日みたいに逃げられたら困るからよ」


 ぎゅっと腕に力が込められて、ぎょっと僕は仰け反った。

 だが、僕も伝えたいことがあったので会いに来てくれたのは助かった。


「今なら誰もいません。ここでお話ししましょう。僕も二つほど要件があるので」


 生徒会室に近づくにつれて人気はなくなり、三階の廊下で僕らは二人きりとなる。

 用件を訊こうとすると、彼女はゆっくりと腕の力を抜くのだった。


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