04.双子の後輩
三人と別れると、僕は生徒会室へ向かった。
生徒会室は職員室や理事長室のある棟の三階に位置している。
広さは普通教室の半分程。ドア窓が磨りガラスになっているので、会長が在室しているかは廊下からはわからない。
ノックをすると「どうぞーっ」と女子の声が返ってきた。
ドアを開けると部屋の中央に長机が配置され、二人の女子がそこに置かれたノートパソコンの前に座っていた。
「すみません、九条会長に用事があったのですが、もうすぐお見えになりますか?」
僕の問いかけに、彼女たちが同時に振り返った。
「会長ならしばらく来ないと思いますよ」
「そうそう。単独任務に時間がかかっているようです」
返事をしたのは、ふわふわした栗色の髪にあどけない顔をした女子生徒だ。
彼女たちは立花姉妹だ。
その可愛らしい外見と、合わせ鏡のような立ち姿から新入生にして一時期校内中の話題になっていた双子だ。
僕も噂を耳にしたことはあったが、生徒会に入っていることは知らなかった。
こうして本物に出会うと、なるほど見分けがつかないほど瓜二つだ。
たしか姉が鈴音(りおん)で、妹が美音(みおん)だったはず。
ヘアピンクロスを右にしているのが鈴音で、左が美音だったかな。
あれ、右が美音で左が鈴音かな? っていうか、姉が美音で妹が鈴音じゃなかっただろうか?
ああ、もう。どっちがどっちかわかんない。天台宗とか臨済宗の開祖を答える試験問題みたいだ。
頭を抱えている僕に、二人が同じ角度で首を傾げていた。
「どうしてそんな難しい顔をしているんですか?」
「っていうか、会長になんのご用ですか?」
「ええっと、なんて説明すればいいかな……」
「あっ! もしかして入会希望ですか?」
「それなら大歓迎! 建学祭で兵員不足だったのだ! I want you!」
「え、建学祭?」
そう言われればそうだ。
五月末に学校の創立を祝う校内行事がある。部屋のホワイトボードにも日程表が貼られ、彼女たちが向き合うパソコンも建学祭用の資料が映っていた。
「それじゃ、さっそくお仕事をお願いします! この予算案を作って下さい!」
「理事長に提出するやつ。不手際があったらセクハラされるから気合いをいれるように!」
「あの、ちょっと待って……!」
背中を押されてパソコンの前に座らされる。入会するつもりはないのだが二人は聞く耳をもってくれない。
それどころか先輩なのだから予算のこともわかるだろうとさえ言われてしまう。
「無理だよ、普通の生徒に予算の配分なんてわかりっこないよ」
「もう、敬語を使って下さい! 生徒会に入ったのは私たちが先なんですから! ねぇ美音?」
「鈴音の言う通りだ! 我々が上官で、貴様は二等兵にすぎん!」
「は、はいすみません!」
叱られながら画面に向き直ると、ある数字が目に止まって僕は唖然とした。
「え……! ちょっと待って、この金額どういうことですか?」
エクセルには予算総額が五十万円と記されている。
この金額は理事長によって決定されていたらしく、二人はそれをどのように配分するか打ち込んでいたのだ。
「二人ともこんな金額を任されていたんですか?」
「え、ええ。まぁ……」
「うむ……。正直、苦戦中なのだ……」
小声になる二人を前に僕はじっとしていられなくなる。
文化祭やオープンキャンパスの予算に比べれば安いかもしれないが、いきなり大金を任されては萎縮するのも当然だ。
僕はフォルダ検索して去年のデータを探し出すと、それを参考に今年の予算を組み立てた。
「とりあえずできましたよ」
「「ええっ、もう?」」
ぐっと両隣から姉妹が覗きこんできたので、カーソルを操りながら説明した。
「恒例行事なら過去のデータがあるはずなので困ったときはそれを探してみましょう。今年は総額が減っているから固定費以外の経費を均等に下げました。残った予算を催し物のある各部で分けることになりますが、それは部長たちと話し合って決めることになるでしょう」
「「なるほど~~」」と、二人が同時に手を打ち、僕の頭を撫でてくれた。
「お見事です!」
「うむ、上等兵に昇格!」
笑顔を浮かべる彼女たちに僕は胸を撫で下ろしたが、こんな大金の采配をどうして新入生に任されていたのかが気になった。
聞くところによると、生徒会は全員で四人しかいないらしく、それで彼女たちも会計に関する仕事をやらざるを得なかったというのだ。
「そうだったんですか。ですが、いくら人手不足でも予算とか難しい仕事については誰かに付き添ってもらったほうがいいですよ?」
「本当は私たちだって頼りたいんです。でも、先輩たちも忙しいみたいで」
「九条会長も今、理事長と接敵中のはずだ」
「接敵って、戦っているわけじゃないんですから……」
「だって会長、理事長のこと嫌いみたいだし。まぁ、それは私たちも同じですけど」
「女子高生にセクハラしたいが為に理事長になったほどの変態らしいな」
「あはは……。まさか新入生にすら知られているとは、やっぱり有名なんだね」
「もう、笑い事じゃありませんよ!」
「男子は標的にならないから、そうやって笑っていられるんだろう!」
「うわっ、すみません、ちょ、ちょっと、やめて下さいよぉ!」
キシャーっと、怒りの声を出すと、二人揃って僕の制服の袖で爪研ぎしてくる。まるでストレスを発散する猫のようだ。
ネズミのごとく逃げ回っていると廊下から足音が聞こえ、やがて生徒会長が駆け込んできた。
「ごめんなさい根岸くん、私が呼んでおきながらお待たせしてしまって!」
「いえ、こちらこそお忙しいのに急かしてしまってすみません」
会長の言葉に、姉妹が爪をかまえたまま、きょとんとした顔になる。
「この人は会長が呼んだんですか?」
「てっきり入会希望者だと思って予算案を作ってもらったのですが……」
「え、根岸くんが作成してくれたんですか?」
僕は曖昧に頷いた。打ち込んだデータをプリントすると、それを見た会長が目を見開いた。
「すごい、このまま理事長のところへ持っていけます、根岸くんありがとう!」
「ええ、どういたしまして……」
お金に関する業務は先輩が監修すべきと意見したかったけれど、彼女の笑顔を前になにも言えなくなる。
他の仕事で忙しいだろうし、そもそも部外者が口出しできることじゃない。
「あの、根岸くん。ここではなんですから、一緒に屋上まで来ていただけませんか?」
ぐいぐいと袖を引っ張られながら「二人きりでお話ししたいんです」と囁かれた。
聞き間違いかと思って確認すると、彼女はこくんと頷くのだった。
――あれ?
予算案が完成したことで今日の活動も終了となったらしく、立花姉妹は鞄に荷物をまとめていた。
「それじゃ会長、お先に失礼します」
「一七〇〇、状況終了。これより撤収します」
彼女たちが下校し、生徒会室は僕らだけとなった。
伝えたいことならここでもいいはずだが、それでも会長は屋上に行きたいらしい。
異様なこだわりに疑問が膨らむと同時に、彼女の頷き方に既視感を抱かされる。
誰だって似たような姿勢になるだろうけど、横髪を押さえて上品に腰を折る姿をどこかで見たような気がするのだ。
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