03.生徒会長


 深緑の枝から漏れる朝日がまぶしい。

 ピンクの衣を脱いだ桜が鮮やかな緑となって通学路を彩り、木漏れ日の差しこむ影の下を生徒たちが歩いている。

 皆が同じ私立旭丘高校の制服姿だ。男女ともブレザーで、女子はリボンタイにチェック柄のスカートというザインになっている。可愛らしい制服にすることで少しでも入学希望者を増やそうと理事長が考案したらしいが、本当は自分好みの服装の女子を眺めたいだけだろうというのが学校内での噂だった。


 僕は通学の列を追いかけるように早歩きしていた。凛を幼稚園バスに乗せなければならないので、どうしても登校時間が遅れてしまうからだ。

 昇降口で靴を履き替えていたとき、僕は一人の女子生徒に声をかけられた。


「根岸遙輝くんですよね?」

「はい、そうですけど?」


 振り返って、息をのんだ。

 そこにいたのは、生徒会長の九条梨香さんだったからだ。


「突然呼び止めてごめんなさい。根岸くんに用があってうかがいましたの」

「僕に、なんの用ですひゃ?」


 驚きのあまり舌を噛んでしまったのが情けないけど、相手が校内で一二を争う美女となればしかたない。

 おまけにこんな間近で艶やかな長髪をはらう仕草をされ、涼やかな瞳で見つめられては、手のひらが汗まみれになるのも当然だろう。


「あの……、できれば二人きりでお話ししたいので、今日の放課後に生徒会室へ来ていただきたいのですが、お時間はありますか?」

「だ、大丈夫です……」



 頬を赤らめて言葉をつづける姿にドキッとしてしまう。

 僕だけでなく、周囲にいた生徒も足を止めており、だんだんと廊下が騒がしくなっていた。


「あ、生徒会長さんだ」

「なんか様子がおかしくないか?」

「隣の男子だれ?」

「アイツに用事だって」

「まさか告白か?」

「はぁ、ただの勧誘でしょ?」

「だよね、あの二人じゃ月とスッポンだし」

「ちょ、スッポンに失礼だよ!」


 容赦のない嘲笑に僕の心がしたたか傷つく。なんだい。僕が爬虫類以下の男だっていうのか。遠くからみれば中の中ぐらいの容姿はあるはずだぞ。たぶん。



「では、放課後お待ちしておりますね? ごきげんよう、根岸くん」と、彼女はみずみずしい唇をほころばせて去っていき、それと同時に人垣も散っていった。


 僕になんの話があるのだろう?

 廊下にぽつんと残った僕は、彼女の用事とやらを考えていた。

 告白という単語が頭をよぎるが、今まで接点のなかった相手に好意を抱くわけがない。

 そもそもあの人と僕とでは住む世界が違う。同じ学校の同級生とはいえ、人気者の生徒会長とモブの生徒だぞ。

 まさに月とスッポンだ。

 あれ? さっき誰かに同じことを言われた気がする……。

 とにかく落ち着こう。きっと生徒会の伝達事項に違いない。


 僕は自分の教室へ向かうと席につき、浮き足立たないよう普段通り過ごすことを心がける。

 幸いなことに、あの現場を目撃したクラスメートはいないらしい。僕は胸を撫で下ろし、鞄からお茶を取り出して喉を潤そうとした。


「おいネギ、さっき生徒会長から愛の告白を受けたのか?」

「ぶぇ、ごほっごほっ!」

 

 背後から五条渡に囁かれ、吹き出したお茶が前席にいるグループにかかってしまった。


「なにすんだ根岸、汚ねぇだろうが!」

「すみません、すぐにお拭きいたしますので!」


 ぺこぺこ頭を下げてどうにか許してもらう。よりにもよって野球部一軍メンバーたちだ。陽キャの権化みたいな人たちに目をつけられたら下位カーストの学校生活なんてお終いだぞ。


 僕は席を立ち、背後にいた五条たちを教室の隅に押し込んだ。


「まったく、朝からリア充さんたちに処刑されるところだったじゃないか!」

「そうか? ノーマルキャラでも限界覚醒すればSSRに勝てるぞ?」

「誰がレアリティ最下位だ!」


 僕は五条と、その後ろにいる佐野智宏と富岡敬に腕を組む。

 彼らは僕の友だちだ。一応。


「今日の放課後が楽しみだな」と五条が言えば「早めに部活を切り上げて撮影しに行こうぜ」とすかさず佐野が提案し「名案にござる」と時代劇風の口調で富岡が頷く。


 三人ともむかつくぐらいに息も台詞の順番もぴったりだった。


「こら、怪しいことを考えるな! 本当に覗きにきたら踏みつけるからな!」

「踏み台にされるのは困るな。それなら校内の監視カメラをハッキングして見学させてもらうことにするか」


 冗談のように言うが、こいつらならやりかねない。

 彼らはパソコン部だが、部活そっちのけでハッキングやらアカウントの特定等々、怪しげな技術ばかりを研究しているのだ。

 悪の三人衆に冷やかされたところで、先生が教室にやってきて一時間目の授業が始まった。

 休み時間や昼食中にも三人がさんざんつきまとってきたけれど、それ以外にとくに変わったことはなかった。


 六時間目とホームルームが終わり、放課後になる。だんだんと教室から人が減り、校庭では運動部のかけ声が響き、部活棟からは吹奏楽部の演奏が聞こえてくるのだった。



 鞄に荷物をつめこんでいると、案の定、三人に取り囲まれた。


「はやく生徒会室へ行けよ。どうせ暇なんだろ?」

「いやみ言い方だな。たしかに帰宅部だし、今日はなんの予定もなかったと思うけど……」


 どこにも入部していないのは僕が凛のお迎えに行くこともあるからなのだが、今日は母さんが早めに仕事が終わるらしいので本当にすることがなかった。

 教室に残っているのが僕らだけなのを確認すると、三人は堰を切ったように喋り始めた。


「それで、会長さんからの告白はどうするつもりなんだ?」

「いや、まだそうと決まったわけじゃないし」

「おいおい、それ以外になにがある? 生徒会から一生徒に伝達なんてあるわけないだろ。今のうちに返答を決めておかないと会長に失礼だぞ」

「そ、そうかもしれないな……」


 今回ばかりは彼らが正しいかもしれない。もしも告白だったとして『根岸くんのことが好きです!』と、真っ赤な顔で潤んだ瞳を向けられたら、僕はどうすればいいのか?


『お願いです、私と付き合って下さい!』と言われて、手を握られたりでもしたら……。

 

 ハグ、しちゃってもいいのかな……?

 ……いや、こんなことはありえない! ダメだダメだ、変なことを考えるな!


 僕は妄想を払拭し、ゆっくりと息を整えた。



「大丈夫。告白だったとしても断るよ。あの人と僕じゃ釣り合わないもん」


 僕が言うや、三人の眼差しが鋭くなった。


「は、それ本気で言っているのか? なんて悲観的なやつ」

「もったいないな。せっかくの機会なのに」

「自信がないのならば我らが援助するというに……」

「援助って、まさか応援してくれているの?」

「なんで嫌そうな顔をする? とにかくドキドキイベントが終わったら報告しろよ。俺たちはこれから部活なんだから」

「わ、わかったよ。連絡する……。応援してくれてありがとう」

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