02.超難題なクイズ


「凛、残念だったな……?」

「あ~~あ、ちゃんといい子にしてたのにぃ!」

「こら、やめなさい! 悔しいのはわかるけど股間に脛蹴りはやめろ!」


 凶暴化する凛に局部を蹂躙されるも、司会者の声に救われることになった。


『え~~、本日はこれで終了の予定でしたが、本日は特別にもう一問追加したいと思います! まだ参加できていないお友だちだけ手を上げてね?』


「え、本当に? やりたいやりた~~い!」

「よかったな凛、ほら、元気よく手を上げろ! 僕を足蹴にしている時間はないぞ? 痛っ!」

「はい、はぁぁぁい! 凛ならわかりま~~す!」



 凛が僕の膝で跳びながら手を上げると、ついにその願いが通じたのだった。


『それでは、そこにいるピンクのスカートの元気な女の子、ステージまでどうぞ!』


「やった、やったよお兄ぃ! ほら、早く行こう!」

「ちょっと待ちなさい、こら、引っぱるな!」


 キャリーバックのように引きずられる僕の姿に、司会のお姉さんや他の親御さんが笑いを押し殺している。なんだい。僕は人間だぞ。



「やった、パールのお隣だ!」


 回答席の真ん中にはパールがおり、凛の頭を撫でてくれている。他の子どもたちも好きなヒロインの隣にこられたようだった。


『席はあと一つですよ! 皆さん、元気に手を上げて下さいね!』


 残る席は僕らの対面、パールの右隣だけだ。いったいどんな親子がくるのだろう?


『え~~、では一番後ろの、ロケットのごとく跳躍されているお方、ステージへどうぞ……』


 む? なぜかお姉さんのテンションが低いぞ。会場も奇妙なざわつきに包まれている。



「今選ばれた人、さっきのお姉ちゃんだよ?」

「え、本当に?」


 指名された人を見て僕は目を疑った。たしかに僕らが席を譲ろうとした女性だったが、先程とは雰囲気がまるで違う。戦場に赴くような堂々たる足取りで、全身からみなぎる闘気のような波動が周囲の空気をびりびりと震わせている。その迫力に映画とかで巨大怪獣が街を進撃するようなシーンが浮かんでしまった。


『あの、お一人ですか?』


 司会者の問いに、彼女は帽子から垂れる横髪を押さえて頷いた。


「よ、よろしくお願いします……」


 隣に来た彼女に会釈するや、ギンッ! と、音がでるほど睨まれてしまう。凛を怖がらせないよう壁のように彼女の近くに立ったのだが、そのおかげでサングラス越しでも分かるほどの鋭い眼光が見えてしまった。


「先程のことは感謝します。ですが、それとクイズでの勝負は別問題ですからね!」

「しょ、勝負って、もう少し気楽にいきましょうよ?」

「そんなの無理です! だって私、この景品を手に入れる為に会場に来たんですもん!」



 凛に聞こえぬよう僕らは密談する。クイズの景品はカルルピの主人公が身につけているペンダントの玩具なのだが、彼女はそれを狙っていたらしい。


『そ、それでは出題させていただきます! 第十一問! 第一話で、主人公のパールこと葉乃香ちゃんが初めてバロンと出会ったときの台詞はなんでしょう?』


「え? そんなのわかる人がいるの?」


 最終問題とあって難易度が増している。

 他の回答者もお手上げ状態だ。これはヒントを待つしか答えようがなさそうだが、隣の女性だけは違ったようだった。


「ふっ。余裕ね。なんでこんな常識を誰も答えられないのかしら?」

「え?」と、振り向けば彼女は回答ボタンへ手を伸ばしていた。


 っていうか、常識ってどういうことだ? この人はいわゆるガチ勢なのか?



 ボタンが押され、ピコーンと音が鳴った。


「おお、素晴らしい! とっても難しい問題ですが答えられる人がいるようです!」


 司会のお姉さんがマイクを運んでくる。

 彼女のもとへではなく、僕たちのところへ。

 マイクを受け取ったのは凛だ。

 女性よりも早く、背伸びをしてボタンを押していたのだ。

 しかし正解できるかはわからない。いくら好きでも台詞まで覚えるのは無理だろう。

 ところが凛はマイクを受け取ると、平然とこんな台詞を言ってのけたのだった。


「『幻聴なんて変だな、お医者さんに行かなくちゃ』だよ」

「ほ、本当か?」


 僕だけでなく、客席も固唾をのんで結果を待っている様子だった。

 ややあって、お姉さんが手を叩いた。


『せ、正解です、お見事っ!』


 その瞬間、わっと会場から歓声が上がり、他の回答者からも拍手を受けてしまった。

 背後のプロジェクターには第一話の映像が流れ、少女が喋る犬を見つけ同じ台詞を口にするシーンが映る。

 凛は本当に、このシーンを覚えていたのだ。


「す、すごいな凛!」

「カルルピのことなら何でもわかるって言ったでしょ?」

「だからって台詞まで暗記できるのか?」



 すごい記憶力だ。熱中するとそんなことまで覚えてしまうのか。

 凛はパールから景品のペンダントを首にかけられ、握手もできてご満悦だった。


「よかったな凛!」

「うん、ありがとう遙兄ぃ!」



 しかし、僕らの背後ではあの女性がぷるぷると震えている。それもボタンに伸ばしかけた手をそのままにして。

 凛がマイクを受け取ってから彼女はずっとその姿勢だったのだ。


「さぁ凛、はやくお家に帰ろうな?」

「え、もう帰るの? 映画の前売り券を買って行くんでしょう?」


 不意にピコーンと音がなった。

 振り返ると、女性が回答ボタンを押していた。


『あ、あの、すみません。もうクイズは終わってしまったので――』


「――違う、違いますもん! 正解は、『私ってば疲れているのかな』のはずです!」


 彼女の叫びに司会のお姉さんが凍りついた。



『はい?』

「だから正解は『私ってば疲れているのかな』なんです!」

『ですが、今流れた映像にはそんな台詞はなかったと思うのですが……』

「幻聴って単語は麻薬症状を連想させるってPTAから苦情がきて差し替えられたんです! だからあの台詞は初回放送時だけなです! 声優さんが無意識に初期の台本を思い出して何度もリテイクしたって語ってましたもん!」

『そ、そうなんですか?』

「そうです! 私、DVDを持っているし、アニマックスの再放送も見てますもん!」

『すみません、正誤は初回放送時のことを準じておりますので。それに、有料放送は見ていない方が多そうですし……』

「も、もちろん初回放送時の台詞だって覚えてます、どっちも答えられます!」



 よっぽど悔しいのか声が涙ぐんでいる。っていうか、号泣している。

 怒りや悔しさでクレームをつけているのではなく、本当に悲しんでいる様子だった。


『しゅ、出題に問題があったかもしれませんが、他のお客様も見ておりますのでこの件に関しては別室でお話しということでよろしいでしょうか?』


 お姉さんが目配せするとパールが凛の手を繋いで舞台袖へと歩いていった。


『お兄さん、はやく逃げて!』


 と、口パクで告げられ僕は頭を一礼して退場する。パールのもとへ行くと、はやく逃げてと言わんばかりに客席への通路を指差してくれていた。


「助かりました、ありがとうございます!」

「パールちゃん、また会おうね?」


 客席へ戻る僕らを、パールが手を振って見送ってくれる。

 なんという神対応か。司会者のお姉さんとスーツアクターさんに感謝しないと。



 ステージを出ると、僕は凛を抱えて大急ぎで会場をあとにしてモールを飛び出して帰りのバスに飛び乗った。


「遙兄ぃ、前売り券は買わないの?」

「公開まで時間があるから今度にしよう。僕が買ってきてあげるから」

「え~~、どうして?」

「君子危うきに近寄らずって、我が家の家訓だろう?」


 本当はモール内の映画館で前売り券を買う予定だったが、あの女性と鉢合わせになる危険がある。ここは予定を変更して帰宅するほうが安全だろう。



「遙兄ぃ、今日は本当にありがとう!」


 凛の笑顔を見られて、僕はひそかに胸を撫で下ろしていた。

 きっと会場はカルルピとの写真撮影で賑わっているだろう。それに参加できないのは残念だったけれど、凛が満足できていたのが救いだった。

 帰宅すると、凛がペンダントを身につけて姿見の前に立った。

 似合っているぞと声をかけるも、なぜか凛は思案顔になっていた。


「どうしたんだ?」

「会場で会ったあのお姉ちゃん、どこかで見たことがある気がするんだよな~~」

「似ている保育士さんがいるのか?」

「ううん。保育園じゃなくて、もっと他の場所で見た気がする」


 凛は首を傾げている。たしかに彼女の正体は僕も気になっていた。


「あっ! もしかしたらあの人、遥兄ぃのお友だちだったりして?」

「それはないよ。びっくりするぐらい交友関係が狭いから。っていうか、高校の人になんて凛は会ったことないだろう?」

「遥兄ぃが持って帰るプリントとか、学校のホームページで写真を見たことあるもん」


 僕らが話していると不意に家の外からエンジンの轟音が聞こえてきた。

 窓を見ると、ガレージの前に母さんの車が停まっている。

 どうやら仕事が終わったようだ。もともと今日のショーは母さんも同行する予定だったのだけど、急用で休日出勤することになって僕らだけで行くことになったのだ。


「おかえりママ! すごいでしょう、クイズに正解してゲットしたんだよ!」


 家に入ってきた母さんにペンダントを見せる凛。嬉しそうに跳ねる姿に僕も母さんも自然と微笑んでしまう。

 あの女性についてだが、同じ学校の生徒ではないと僕は考えていた。

 たしかに声は同年代だったけど、あんなガチ勢な人を見たことはなんて一度もない。きっと赤の他人で、凛は誰かと勘違いしているのだろうと楽観視していた。

 それが間違いであることを思い知らされたのは、翌日の放課後のことなのであった……。

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