うちの生徒会長が女児アニメのショーに来ている件について。『土下座されたってこの限定グッズはあげませんからね!』

りす吉

第一部

01.プロローグ & 出会いは突然に


 屋上のフェンスから差しこんだ夕日が僕らをオレンジ色に染めていた。

 棒立ちになる僕と、その前で土下座する生徒会長こと九条梨香さんの姿を……。


「お願い根岸くん、クイズ大会の景品を譲ってよ、なんでもするからぁ!」

「そんなことされても困ります! っていうか、そもそもあの景品は僕のじゃないんですよ!」


 放課後の屋上で女子と二人きりなんて告白を連想させる夢のようなシーンだろう。しかし、長い黒髪を振り乱して床を這ってしがみつかれては、そんなきらびやかな妄想は無理だった。


「逃げないで、最後まで私の話をきいて!」

「逃げてません、全力ではなれているだけです!」

「それを逃げるって言うのよ!」


 獣のように跳ね起きて突進する姿に僕は悲鳴を上げる。『皆さんごきげんよう』と、日頃の見目麗しきお姿はどこへやら。アニメの作画崩壊を現実でやるとこんな感じなんだろうか。

 九条梨香さんは私立旭丘高校の二年。

 クラスは違うが同学年だ。品性方正、才色兼備と、学校社会において最上位をあらわす四文字熟語をかっさらう人気者で、学校紹介としてオープンキャンパスの会場で挨拶をさせたら入学希望者が増えたという伝説があるくらいだ。

 そんな彼女に、まさかこんな趣味があるなんて……。


 逃げ場を失いフェンスで壁ドンされる僕。人生初の壁ドンがこんな姿とは誰が想像できただろう。おまけに掌打が強すぎて錆ついたフェンスがびっくりするぐらいに軋んでいる。


「ちょ、ちょっと待って! 落ちちゃいますよ! 異世界転生させる気ですか!」

「そんなことしないわ! 話を聞いてほしいだけなの!」

「聞きます聞きます、聞きますから、お手柔らかにお願いします!」

「あの景品は私にだって受け取る権利があるはずよ! 出題の仕方に問題があったんだからやり直しをすべきよ! 根岸くんだってそう思うでしょ?」


 会長の言い分にも利はあるけれど、それを認めれば僕が妹の為に手に入れた景品を差し出さなくていけなくなる。だが、ここで機嫌損ねれば僕は校庭にダイブしてしまうかもしれない。返答一つで運命が左右されるなんて、まさにデッドorダイだ。あれ、いけない。これだとどっちにころんでも死んじゃうじゃないか。


 生存ルートはないものかと考えても名案はでてこない。こうしている間にも夕陽が沈んで辺りは薄闇につつまれていくが、九条さんの眼差しだけが鬼火のような輝きを放っていた。

 

 学校でこんなホラー映画みたいな展開がおこるなんて、誰が想像できただろう?

 話はそう。

 すべてあの日から始まったんだ。



 □■□■□



 清々しい陽気につつまれた日曜のお昼。僕たちはとあるショッピングモールの屋上にいた。


「遥兄ぃ、急いで! はやくしないと座れなくなっちゃうよ!」

「大丈夫だよ凛、そんなに慌てると転んじゃうぞ!」


 僕の腕を引きずるのは妹の凛だ。

 僕のことなどおかまいなしに特設ステージに並んだ客席めがけて脱兎のごとく走っている。

 まぁ、焦るのも無理はない。今日はここで凛の待ちに待ったショーが開催されるのだから。



「遥兄ぃ、もうすぐカルルピたちに会えるんだよね?」

「そうだぞ。凛が頑張ったご褒美に来てくれたんだぞ」

「えへへ、カルルピたちに会う為なら、凛はどんなことだってできるもん!」


 えっへんと、僕の隣で凛が胸を張る。たしかに朝は自分で起きるようになったし、ご飯の好き嫌いもしなくなった。このイベントに来る為の条件として言い聞かせていたとはいえ立派だろう。偉いぞと、僕は姫カットの頭を撫でる。我儘盛りの凛(ようじ)が自ら生活をあらためるなんて、カルルピの効果はすごい。

 カルルピとは日曜の朝に放送されている女児アニメの略称で、正式なタイトルは『カルテットルピルス』だ。選ばれし女子中学生たちが変身して悪と戦うという内容で、放送の度に新キャラやアイテムの名前がトレンド入りをはたすほどの絶大な人気がある。

 凛も毎週見ているし、清く正しいヒロインたちの姿に憧れて、保育園では弱い者いじめをする男児を叱ったりするようになってさえいる。ときにはしばきすぎて泣かしてしまい、園から呼び出されて注意されることもあるのだが……。



「まだ始まらないのかな~~、ひょっとして、もうどこかにいるんじゃないかな?」

「こら、椅子の上に立ったら後ろの人たちが見えなくなるぞ」


 僕は椅子の上で手をかざす凛を座らせた。

 これからカルルピたちの登場するショーが開催されるのだが、ここに来て改めてその人気を思い知らされる。

 開演まで一時間もあるというに、客席はほぼ埋まっている。ほとんどが女児を連れた親子連れで、皆が笑顔を浮かべて待ち望んでいる様子だった。

 

 ところが、どこからか言い争う声が聞こえ、穏やかな会場の空気に亀裂が走った。

 振り向くと一人の女性が立っており、座っている男の人になにやら物申している。気になって耳を澄ませてみると、座席をめぐって口論しているようだった。


「あの、ですので私、荷物を置いてこの席をとっておいたんですけど……!」

「気付かなかったんだから仕方ないだろう! そもそも離れるほうが悪いんだろうが!」

「で、ですが……」

「っていうかおたくは一人だろう? いわゆる『大きなお友だち』ってやつか? こっちにはガキもいるんだから、アンタが後ろで立ち見していればいいだろう!」

「す、すみませんっ! 失礼しました……!」


 女性は客席の遙か後ろ、立ち見をしているお客さんたちの処へすごすごと歩いていった。



「ねぇ、遥兄ぃ、あの人可哀想だよ?」


 悲しげな凛の声に僕も頷いてしまう。

 たしかに子連れのお客さんを優先して座らせるべきだが、あんな乱暴な言い方をしなくてもいいだろう。それに、がっくりと肩を落として足を引きずる女性の姿にいてもたってもいられなくなり、僕は席を立ち上がってしまっていた。


「遥兄ぃ、どうしたの?」

「凛、ちょっと暑いけど、僕の膝の上で見ることになってもいいか?」

「あのお姉ちゃんを座らせてあげるの? いいよ、一緒に呼んでこよう!」


 ぴょいっと、椅子を飛び下りた凛が、僕よりも早く女性のもとへ駆けていく。



「こんにちは!」と、声をかける凛に女性が立ち止まる。

 僕も事情を説明しようと近づくも、振り返る彼女を目の当たりにして声を失ってしまった。

 先程までこちらに背を向けていたのでわからなかったが、コート姿の彼女はマスクにサングラス、そして帽子まで被っているという、いかにも怪しげな姿をしていたのだ。


 いや、でも服装で人を判断しちゃダメだ。

 きっと一人で来たのが恥ずかしくて、顔見知りに出会っても平気なように変装しているだけなんだと、僕は納得する。それはそうと、話してみるとこの人の声はそうとう若い。背丈も僕より低いし、ひょっとしたら同年代かもしれない。


「あの、よかったら僕らと一緒に座りませんか? 僕が妹の座椅子になれば席が空きますので」

「え、本当ですか! っていうか座椅子って、そんなことしてよろしいんですか?」


 戸惑いながらも彼女は喜んでいるようだった。マスク越しに笑顔が見えたような気がして、思わず僕も微笑んでしまう。


「はい。妹も貴女と一緒がいいみたいですし」

「あ、ありがとうございます――」と、お礼を言いかけたところで様子が一変する。なにか重大なミスに気付いたかのように硬直し、やがて首を振りながら後退り始めたのだ。


「あれ? どうかしました?」

「いえ、やっぱりけっこうです。私、後ろで見ますから……」


 彼女は僕の視線を遮るように手をかざすと、逃げるように立ち見スペースへ走り出した。


 あんなに喜んでくれていたのに、なぜ急変したのだろう? 原因がわからなくて僕らはしばらく呆然とするも、仕方なくもとの座席へと戻るのだった。



「あのお姉ちゃん、座らなくてよかったのかな?」

「さぁ。遠慮されたのかもしれないな」


 そうこうしている間にショーが始まった。

 特設ステージに司会者のお姉さんが立つと、テーマ曲とともに舞台袖から三人の乙女が飛び出した。

 レースやリボンで装飾されたドレスに、イヤリングやカチューシャを身につけた彼女たちこそが平和を守る戦士、カルテットルピルスである。


『情熱にこの身を焦がして――炎の輝き、ルビー!』

『すべてをつつむ癒しの光――新緑の輝き、エメラル!』

『変わらぬ想いを胸にこめて――、永遠の輝き、パール!』


 一人が名乗る度に歓声が上がり、全員で決めポーズをとると会場の興奮は極限に達した。


『『『カルテットルピルス、只今献上!!!』』』

『献上じゃなくて、参上だワン!』


 と、舞台の隅で突っ込みをいれるのは妖精のバロン。子犬の姿をしたぬいぐるみのようなキャラクターで、彼女たちに変身する力を与えたのも彼なのであった。

 三人の可愛らしいダンスや、ステージに乱入した敵キャラとのバトル等で会場を楽しませた後、ショーはクイズ大会へと移行し、司会者によってルールが説明される。



『正解したお友だちは、会場限定の景品が用意されているので頑張って下さいね~~!』


 景品という言葉に会場が熱を帯び、凛も張り切っていた。


「凛に正解できるかな?」

「うん、カルルピのことならなんでも知ってるもん!」


 ステージには回答席が六つ用意され、カルルピ三人が等間隔に並んでいる。必死に手を伸ばす子どもたちだが、指名されても正解できなければ景品は当たらない。しかも、出題されるクイズは司会者のヒントが前提になっているのか、難しいものばかりだった。


「なんだが、想像以上の難易度だな……」

「ふっふっふ。遙兄ぃもまだまだだな。凛には全部わかるのに」

「本当か? すごいな凛!」



 やがて最後のクイズとなるが、僕たちが指名されることなく終わってしまったのだった。


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